ストーリー性のある見事な装飾壁画が見られる竹原古墳

最終更新日:2018年3月2日

竹原古墳概要

 

ふりがな たけはらこふん
住所 福岡県宮若市竹原

史跡・文化財指定
名称:竹原古墳
指定年月日:昭和32年(1957)2月22日
現況 古墳
築造時期 6世紀後半 (現地説明板)
関連施設  

 

墳丘

 

形状 前方後円墳 前方後方墳 円墳 方墳 上円下方墳 八角墳
築成 1段 2段 3段 4段 5段 (現地説明板)
造出 あり なし
規模 18m (現地説明板)
墳丘高 (現地説明板)
葺石 あり なし 不明
埴輪 あり なし 不明 (現地説明板)
登頂 可能 不可能

 

埋葬主体

 

石室/槨 横穴式石室
遺物 鉄器・馬具・装身具
見学 可能 不可能

 

周溝

 

 あり

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2017年8月20日(日)
天候 晴れ
探訪ルート 八幡塚古墳 → 竹原古墳 → 宗像大社辺津宮 → 宗像大社神宝館 → 海の道むなかた館 → 鎮國寺 → 桜京古墳 → 宗像大社中津宮 → 御岳山展望台(御岳宮) → 沖津宮遙拝所 → 安昌院(安倍宗任の墓) → 織幡宮

 

いろいろな想像をかき立てられる装飾壁画に感動

 

 八幡塚古墳からほどなくして、竹原古墳の前に到着しました。

 

竹原古墳

写真1 竹原古墳

 

 駐車場はバスも止められそうですし、トイレもありますね。

 

駐車場

写真2 駐車場

 

 大型バスは駐車場への進入が難しいですが、中型バスは大丈夫です。

 

 若宮探検マップ。

 

若宮探検マップ

写真3 若宮探検マップ

 

 ここは宮若市ですが、八幡塚古墳のページでもお話しした通り、合併前は若宮町でした。

 

 お、あれは九州新幹線じゃないか!

 

 初めて生で見ましたが、惜しくも写真に収めることができませんでした。

 

 気を取り直して古墳探訪。

 

 竹原古墳はこの説明板に書いてある通り、装飾壁画が残ってるんですよ。

 

竹原古墳説明板

写真4 竹原古墳説明板

 

 説明板の壁画写真をアップ。

 

竹原古墳説明板部分

写真5 竹原古墳説明板部分

 

 竹原古墳は、いわゆる装飾古墳と呼ばれる古墳で、宮若市内にある約600基の古墳のうち装飾が確認されているのは2基で、竹原古墳はそのうちの1基ということになります。

 

 全国を見渡すと、古墳の数は15万基とも20万基ともいわれるのですが、そのうち装飾古墳は約700基で、九州や東海から南東北にかけての太平洋沿岸など、構築された地域にはかなりの偏りがみられるのが特徴です。

 

 古墳時代の倭国の中枢部である畿内には例外的に高松塚古墳などの壁画がありますが、高松塚の場合は特殊な絵で、基本的には畿内には普及しなかったと考えていいでしょう。

 

 なお、装飾古墳はその名の通り、装飾された古墳なわけですが、どこに装飾が施されているかというと、横穴式石室の壁面や石棺の表面です。

 

 壁面に描かれた絵は大きく2種類に分けられ、1つは竹原古墳のような写実性のある絵でもう1つは丸や三角などの抽象画であり、竹原古墳の壁画は「ストーリー性のある壁画」として著名です。

 

 とりあえず墳頂へ行ってみます。

 

 墳頂には諏訪大明神が祀られていました。

 

諏訪大明神

写真6 諏訪大明神

 

 ここにいつから諏訪大明神が祀られ始めたのか、はっきりとしたことは分からず、中世からと考える人と江戸時代からと考える人がいます。

 

諏訪大明神

写真7 諏訪大明神

 

 装飾壁画はここから石室に入って見れるようです。

 

見学室入口

写真8 見学室入口

 

 どうやら管理人の方に声をかける必要があるようですね。

 

 墳頂から降りて管理棟へ行ってみます。

 

管理棟

写真9 管理棟

 

 215円を払って、キーをゲット!

 

ザ・キー

写真10 ザ・キー

 

 これがあれば壁画が見れる。

 

 よし行くぞ!

 

入ります

写真11 入ります

 

 第一の扉を開けると、第二の扉が現れました。

 

第二の扉

写真12 第二の扉

 

 第二の扉を開けると、ラヂカセが置かれたデスクのある小さな小部屋でした。

 

 ここにも説明板があります。

 

説明板

写真13 説明板

 

説明板

写真14 説明板

 

 そしてこの先が横穴式石室になっており、壁画が見れるのですが、写真撮影は禁止です!

 

 ではここで、壁画の意味についてお話します。

 

 もう一度墳丘麓の説明板の写真をご覧ください。

 

竹原古墳説明板部分

写真15 竹原古墳説明板部分

 

 この絵が何を表しているのかについては、説明板にも書かれていますが、大きく2つの説があり、1つ目は「四神信仰」説です。

 

 中国では各方位に対応した伝説上の動物がいます。

 

 北は玄武、南は朱雀、東は青龍、西は白虎。

 

 この写真を見ても実際の壁画を見ても分かりづらいのですが、壁画が描かれた玄室の手前にある両側の袖石にも絵が描かれており(下側の写真参照)、四神信仰説では左が玄武で右が朱雀と見ます。

 

 そして奥の壁画に龍がいて、石室の入口はすでに破壊されているので、往時は入口のどこかに白虎が描かれていたと考えるわけです。

 

 もう1つは「龍媒(りゅうばい)信仰」説です。

 

 この説では、この絵を一つのストーリーとして以下のように説明します。

 

 ある日、王が馬飼に命じ、雌馬を水辺に連れて行かせました。

 

 水辺にはたまに龍が降りてくるからです。

 

 馬飼が待っていると、果たして、天から龍が降りてきました。

 

 降りてきた龍が雌馬に興味を持ち、雌馬が龍の子を宿せば、生まれてきた馬は素晴らしい駿馬になるに違いありません。

 

 と、このような話の流れを描いたというのがこちらの説です。

 

 宮若市の学芸員の方の解説によると、他にも説があってまだ決着していないそうですが、なかなかロマンをかきたてられると思いませんか?

 

 管理棟へ鍵を返却したついでに室内にあったこの図をパシャリ。

 

墳丘平面図

写真16 墳丘平面図

 

 竹原古墳は2段築成の円墳ですが、この図のピンク色の部分の墳丘はかなり削られています。

 

 なお、竹原古墳のすぐ裏にはかなり接近した位置に竹原2号墳があります。

 

 

 竹原古墳では周溝が見つかっていますので、2号墳にも周溝があったとすると、完全にぶつかってしまうように見えます。

 

 おっとー、また新幹線!

 

新幹線

写真17 新幹線

 

 今度は撮れました。

 

 トリミング。

 

新幹線

写真18 新幹線

 

 新幹線って本当にすごいスピードですよね。

 

 では、次は宗像大社を目指しますよ。

 

 竹原古墳は、遠賀川の支流犬鳴川の流域になります。

 

 

 

 竹原古墳を初めて探訪したのは上述の通り2017年8月20日でした。

 

 それ以降、クラブツーリズムにて以下の日取りにてご案内をしています。

 

  • 2017年10月1日
  • 2018年1月27日
  • 2018年2月16日
  • 2018年2月23日

 

 竹原古墳は今年に入ってから整備が始まっており、2月23日に訪れた時は墳丘をきれいに植栽しているところでした。

 

 

 諏訪大明神の参道側から見ても工事中だということが明らかに分かりますね。

 

 

 さて、この次は3月に2度ご案内して、それ以降も不定期でツアーを実施しますので竹原古墳の素晴らしい壁画を実際に目で見てみたいという方は、ぜひツアーへの参加をご検討ください。

 

 なお、クラブツーリズムで稲用がご案内するツアーに関しては、こちらのクラツー公式HP内稲用案内ツアー検索結果をご覧ください。

 

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【参考資料】

  • 現地説明板
  • 『宗像地域の古墳』 宗像考古研究会/編 2017年
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