◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

上野国府および蒼海城

最終更新日:2015年11月8日

 

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前橋八幡山古墳
前橋八幡山古墳は東日本で最古級かつ前方後方墳では最大級の古墳です。
東海地方からやってきてこの地に君臨した王の子孫が被葬者像として浮かびます。
前橋天神山古墳
文殊山古墳
亀塚山古墳
天川二子山古墳
天川二子山古墳は広瀬古墳群に築造された古墳のうち100m級の古墳としては一番最後に築造された前方後円墳です。
被葬者としてはこの地の有力者・朝倉君が想定されます。
飯玉神社古墳
金冠塚古墳
阿弥陀山古墳
前二子古墳
中二子古墳
後二子古墳
小二子古墳
M-1号古墳/大室古墳群
M-4号古墳/大室古墳群
梅の木遺跡
王山古墳
総社古墳群に現存する古墳のうち最も古い古墳が王山古墳です。
6世紀代に築造されたと考えられている王山古墳は他の一般的な前方後円墳より段の数が倍あり、特殊な印象を受けます。
総社二子山古墳
古墳王国群馬県内では、中央で大型前方後円墳の築造が終わった後も、引き続き大型前方後円墳の築造が続きました。
その理由はまだ分かっていませんが、ここ総社二子山古墳もそういった古墳の一つです。
総社愛宕山古墳
総社古墳群の被葬者一族は7世紀に入るとその実力および中央との近親度から、上野国内でトップの地位に登りつめます。
つまり、律令国家が推し進めた国策に乗っかり、上野国府の誘致に成功するのです。
宝塔山古墳および光巌寺
蛇穴山古墳
蛇穴山古墳の築造をもって、ここ総社の地における古墳の築造は止みます。
仏教は東国でも普及し、これ以降、この地の権力者は氏寺に葬られることになるのです。
遠見山古墳
山王廃寺
上野国分寺
上野国分尼寺
国分寺館(ガイダンス施設)
国府八幡<前橋八幡>
妙見社
総社神社
総社城
石倉城
前橋城
旧関根家住宅