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超貴重な金銅製の冠が出土した前方後円墳・金冠塚古墳

最終更新日:2015年11月22日

 

 前回の記事はこちら

 

 亀塚山古墳のある山王町1丁目には、もう一つ前方後円墳があります。

 

 それが金冠塚古墳です。

 

金冠塚古墳諸元

 

概要

 

ふりがな きんかんづかこふん
住所 群馬県前橋市山王町1-13-3

交通 JR両毛線前橋駅下車、徒歩約40分
史跡指定 前橋市指定史跡
史跡名:金冠塚古墳
指定日:昭和61年(1986)6月6日
現況  
築造時期 6世紀後半(パンフレット「朝倉・広瀬古墳群」)
関連施設  

 

墳丘

 

形状 前方後方墳 前方後円墳 方墳 円墳 その他
築成 1段 2段 3段 4段 5段
造出 あり なし
規模 全長約53m(パンフレット「朝倉・広瀬古墳群」)
墳丘高 後円部約m/前方部約m
葺石 あり なし 不明
埴輪 あり なし 不明
登頂 可能 不可能
陪塚 あり なし

 

周溝

 

形状 墳丘形 馬蹄形 長方形 不定形 不明 なし
構造 一重 二重 三重 不明
中島 あり なし
残存もしくは形跡 全部あり 一部あり なし
遺物  
周溝を含めた最大長 約m

 

埋葬主体

 

位置 後円部
掘り方 竪穴式 横穴式
石室・槨 榛名山二ツ岳起源の軽石(角閃石安山岩)を加工して積み上げられた石室
規模 推定全長5.2m、奥壁の幅2.5m
直葬 割竹形木棺 舟形木棺 家形石棺 長持形石棺 不明
人骨 不明
副葬品 金銅製の冠(東京国立博物館に所蔵)
見学 可能 不可能

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2015年5月5日(火)
天候 晴れ
探訪ルート 【5月4日】
総社二子山古墳 → 総社愛宕山古墳 → 宝塔山古墳および光巌寺 → 蛇穴山古墳 → 総社城 → 遠見山古墳 → 山王廃寺 → 上野国分尼寺 → 国分寺館(ガイダンス施設) → 上野国分寺 → 妙見社 → 上野国府および蒼海城 → 総社神社 → 石倉城 → 王山古墳 → 前橋城 → 上野国府八幡
【5月5日】
天川二子山古墳 → 前橋八幡山古墳 → 前橋天神山古墳 → 飯玉神社古墳 → 亀塚山古墳 → 金冠塚古墳 → 文殊山古墳 → 阿弥陀山古墳
【5月6日】
砂町遺跡 → 高崎市歴史民俗資料館 → 元島名将軍塚古墳 → 元島名城 → 高崎情報団地遺跡 → 大類城
同道者 なし

 

またしても東京国立博物館に持って行かれてしまった!

 

 すぐに墳丘は見つかりました。

 

金冠塚古墳

写真1 金冠塚古墳

 

 青いお花が綺麗ですね。

 

青いお花

写真2 青いお花

 

 古墳と花ってどういうわけか凄く合うんですよね。

 

古墳と花

写真3 古墳と花

 

 でも植物に疎い私は名前が分からないのです。

 

名前は分かりません

写真4 名前は分かりません

 

 こちらも説明板と標柱があります。

 

説明板と標柱

写真5 説明板と標柱

 

 墳頂に登ると前方部が見えます。

 

墳頂から前方部を見る

写真6 墳頂から前方部を見る

 

 前方部は2段築成でしょうか。

 

 説明板によると、この古墳からは金銅製の冠が出土し、それ以降は金冠塚古墳という愛称で呼ばれているそうです。

 

金銅製の冠

写真7 金銅製の冠

 

 この冠は非常に貴重なものなので、案の定、国が持って行ってしまい、今は上野の東京国立博物館にあるそうです。

 

 さあ次は文殊山古墳

 

 次回の記事はこちら

 

【参考資料】

  • 現地説明板
  • 『群馬県史 資料編3 原始古代3』 群馬県史編さん委員会/編 1981年
  • 『群馬県史 通史編1 原始古代1』 群馬県史編さん委員会/編 1990年
  • パンフレット「朝倉・広瀬古墳群」 前橋市 ← クリックするとPDFが読めます
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