◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

帆立貝形前方後円墳としては日本列島で2番目に大きい女体山古墳

最終更新日:2017年4月9日

 

古墳概要

 

ふりがな にょたいさんこふん
住所 群馬県太田市大字内ヶ島字女体1506ほか

交通 東武伊勢崎線・小泉線・桐生線太田駅下車、徒歩約15分
史跡・文化財指定 国指定史跡
名称:女体山古墳
指定年月日:昭和2年(1927)4月8日
現況 古墳
築造時期 5世紀中ごろ(説明板)
関連施設  

 

墳丘

 

形状 前方後円墳 前方後方墳  円墳 方墳 上円下方墳 八角墳
築成 1段 2段 3段 4段 5段
造出 あり なし
※前方部を造出と見る場合もある
規模 全長106m(現地説明板)
墳丘高 m(現地説明板)
葺石 あり なし 不明
埴輪 あり なし 不明
登頂 可能 不可能
陪塚 あり なし
その他

 

埋葬主体

 

掘削 竪穴式 横穴式
※発掘調査が行われていないので不明だが5世紀中ごろの築造であれば竪穴式

 

周溝

 

形状 墳丘形 馬蹄形 長方形 不定形 不明 なし
構造 一重 二重 三重 不明
中島 あり なし
残存もしくは形跡 全部あり 一部あり なし
遺物  
周溝を含めた最大長 約m

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2015年11月4日(水)
天候 晴れ
探訪ルート 八幡山古墳 → 大光院 → 金龍寺および由良氏五輪塔ならびに新田義貞公供養塔 → 金山城 → 太田天神山古墳 → 太田天神山古墳A陪塚 → 女体山古墳
同道者 なし

 

 

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太田天神山古墳A陪塚

女体山古墳

 

 

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第2回 探訪記録

 

探訪年月日 2017年4月2日(日)
天候 晴れ
探訪ルート 女体山古墳 → 太田天神山古墳A陪塚 → 太田天神山古墳 → 円福寺茶臼山古墳および新田荘遺跡円福寺境内 → 境ヶ谷戸遺跡 → 生品神社(新田荘遺跡) → 中溝・深町遺跡 → 岩宿博物館 → 岩宿遺跡および岩宿ドーム → 前二子古墳 → 中二子古墳 → 後二子古墳 → 小二子古墳 → M-4号墳 → 旧関根家住宅 → M-1号墳 → 梅の木遺跡 → お富士山古墳 → 高崎市歴史民俗資料館 → 元島名将軍塚古墳 → 観音塚考古資料館 → 観音塚古墳 → 二子塚古墳 → 平塚古墳
同道者 なし

 

 

 女体山古墳のレポートは、ブログ「日本史大戦略 Side-B」にて公開しています。

 

 

「日本史大戦略 Side-B」内「女体山古墳」のページ

 

女体山古墳

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女体山古墳

太田天神山古墳A陪塚

 

参考資料

 

  • 現地説明板
  • 『群馬県史 資料編3 原始古代3』 群馬県史編さん委員会/編 1981年
  • 『群馬県史 通史編1 原始古代1』 群馬県史編さん委員会/編 1990年
  • 『太田市史 通史編 原始古代』 太田市/編 1996年
  • 『太田市の古墳』 太田市教育委員会文化財課/編 2010年

 

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