◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

鍋倉城

最終更新日:2017年9月23日

 

鍋倉城概要

 

ふりがな なべくらじょう
別名 横田城
住所 岩手県遠野市遠野

史跡指定
現況 鍋倉公園
規模/比高 約×約m/比高m
目で見られる遺構
復元
存続時期
城主・城代・関係者 阿曽沼広郷
城攻めの記録
大手方向
仮想敵方向  
関連施設
その他

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 1998年8月某日
天候 晴れ

 

 

 遠野には観光に行ったのですが、お城があるということだったのでついでに鍋倉城を見てきました。

 

 

 

 この時はまだ中世の遠野を治めた阿曽沼氏に関する知識はまったくなかったのですが、遠野に行ったことにより、阿曽沼氏の調査に没頭するようになります。

 

 

 そしてホームページ「奥州城壁癖」に調べたことを掲載していたところ、遠野市在住のとらねこさんとお友達になり、ここ数年はお会いすることができていないのですが、インターネットのお陰で未だに繋がっています。

 

 

 とらねこさんには私が受けた神社の本の仕事の時に写真を提供していただいたこともありますよ。

 

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鍋倉城

飛勢城

 

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第2回 探訪記録

 

ただいま制作中!

 

探訪年月日 2000年5月4日(木)
天候
探訪ルート 横田城 → 阿曽沼公歴代碑 → 鍋倉城 → 成島毘沙門堂 → 飛勢城
同道者 なし

 

 

 横田城から遠野駅まで歩いて戻ってきました。

 

 結構歩いたので腹が減った感は否めません。

 

 食料品店を探していると、遠野駅のそばで蒸気機関車を発見!

 

 

写真1 クラウス17号

 

 このSLはクラウス17号といって、明治22年(1889)にドイツで製造されて、九州鉄道、東京横浜鉄道、北海道の鉱山などで働き、大阪万博にも参加し、昭和61年(1986)まで遠野で走っていたそうです。

 

 鍋倉城跡へ向かう途中、食料品店でパンを買って食べながら歩きます。

 

 鍋倉城跡へは遠野駅から南に延びるメインストリートを進んでいけば辿りつけます。

 

 鍋倉城跡は現在「鍋倉公園」となっており、公園の入口の左手には市立博物館と図書館、入口から少し石段を登ると南部神社があります。

 

 

写真2 南部神社

 

 遠野はGWが桜の見頃ですが、こう天気が悪いと綺麗な写真が撮れなくて残念です。

 

 さて、ここで鍋倉城跡の略図を示したあと、各部の「面白ポイント」を紹介しましょう。

 

 なお、略図は公園入口の脇に立っている案内板をもとに作成しました。

 

 

写真3 鍋倉城略図
結論先取りで言っちゃうと鍋倉城は山城だが公園として整備されているのでとても歩きやすく、案内板も多く建っており昔の遺構も残っているのですごくエキサイティングな城跡です。

 

 南部神社の社地より南に向かって石段が延びています。

 

 

写真4 頂部を見上げる

 

 石段を登って南部神社より一段高い郭に来ました。

 

 振り返ると、遠野駅が見えるじゃないの。

 

 

写真5 中腹より遠野駅を望む

 

 おもいっきり景色がくすんでいるが、写真の真中に遠野駅が写っています。

 

 さて、ここから更にもう一段高い郭に登ります。

 

 

写真6 本丸への石段

 

 さらに石段を上っていくと、大手門跡を通って本丸に、左にいくと三の丸に出ます。

 

 まずは、本丸へ行ってみましょう。

 

 本丸は結構広々としていますね。

 

 大手門跡から入ってウロウロしていると、搦手門跡の脇に土塁を発見!

 

 

写真7 搦手門跡の土塁

 

 この土塁は、写真左へ向かって数十メートル延びています。

 

 いいねえ。

 

 本丸の南側から下におりて、本丸を取り囲むように走っている通路に出ました。

 

 そこを西に向かって歩いていくと・・・

 

 

写真8 空堀

 

 おーっ!空堀だー!

 

 これは往時の佇まいを今に伝える貴重な遺構です。

 

 やっぱり、土塁と空堀を見ることは城めぐりの醍醐味ですね。

 

 往時はこの土塁に沿って老杉の大木の並木があり、堀の外側から内部の様子を窺い知ることができないようになっていたといいます。

 

 また、その他の防御施設としては、北側の谷地に「水留めの堀」があり、西側斜面は「イバラ」や「カラタチ」などのトゲのある植物を植えて外敵に備えていたそうです。

 

 さらに私は、その空堀を左手に見ながら澤里屋敷跡を目指します。

 

 澤里屋敷跡は本丸よりも低い位置にありますが、独立した郭になっていてとても見晴らしがいいです。

 

 

写真9 澤里屋敷跡からのヴュー

 

 しかし、今日は天候不順のため、こんなヴューになってしまった・・・

 

 晴れていればよかったのに・・・

 

 ここからはもと来た道を戻って東側の三の丸へと向かいます。

 

 三の丸には「なべくら展望台」があって、展望台の中に入ると遠野の景色を眺めながら音声再生装置で遠野の民話を聞けるようになっています。

 

 流石「民話のふるさと」です。

 

 ところで、このBGMは姫神の作曲でしょうか?

 

 三の丸から本丸を見上げてみます。

 

 

写真10 三の丸より本丸を見上げる

 

 三の丸から本丸を見上げても結構な高さがありますが、本丸の標高は343メートルで、市街地との比高差は78メートルあります。

 

 以上、このあたりで鍋倉城跡の紹介を終えますが、今まで紹介した以外にも八幡神社跡や全長200メートルにも及ぶ馬場の跡など見所は多い。

 

 総じて、鍋倉城跡はお勧めの城跡です。

 

 遠野へ行く機会があったら、是非登ってみることをお勧めします。

 

*     *     *

 

 さて、つづいて私は昼食を摂りに鍋倉城の近くの食堂に入りました。

 

 ひっつみ定食があったので注文してみます。

 

 城めぐりの後の食事は旨いねえ。

 

 また、山菜のてんぷらも美味しい。

 

 雨がかなり強くなってきました。

 

 帰ろうと思って駅に向かって歩いていると一件の本屋を発見。

 

 私は旅先で本屋を見つけると必ず立ち寄って郷土出版物を探すことにしています。

 

 店に入ってみると、絶版と聞かされていた『遠野市史』の第一巻が売っていました。

 

 値段は7000円。

 

 古書店ならもっと安く買えると思いましたが、遠野に来た記念にゲット(後で知りましたが、自治体史は古書だともっと高い場合があります)。

 

 そして、お店のご主人に何気なく「阿曽沼氏関係の資料を探しているんですが・・・」と話し掛けたところ、「それなら知り合いに研究している人がいるので紹介するよ」ということで、早速その方に電話をかけてくれました。

 

 しかし残念ながら、その方はお孫さんの所に遊びに行っていて留守でした。

 

 そうしたらご主人は家に戻っていって、「こんなのでよければ」と、2冊の古い書物を持ってきてくれました。

 

 2冊とも一般売りしていない書物で、大正9年と昭和27年に書かれたものでした。

 

 なんでもそのご主人のお父さんの遺していった書物だそうで、ご主人に許可を取ってお店で複写させていただきました(本当に貴重な書物をコピーさせて頂きありがとうございました)。

 

 ※註:この本屋で手に入れた本は阿曽沼氏について研究している私にとっては今でも宝物の一つですが、知りたいと強く思っていると、必ずそれについて書かれた本と出会うことができるという強い思いで今まで私は貴重な本とたくさん出会ってきています。

 

 さて、有意義な時間を過ごしたあと、酒屋で遠野の地ビール「ズモナビール」を購入して私は帰途についたのです。

 

 そして帰りは途中下車して飛勢城に立ち寄りました。

 

 ※註:鍋倉城には2003年の5月と11月に再訪し、計4回探訪しています。

 

 ※註:阿曽沼氏の初代広綱までの系譜と遠野入部のいきさつについては、こちらに簡単に書いてあるのでご覧ください。

 

 ※註:遠野の歴史や城館跡については、遠野のとらねこさんのブログ『「じぇんごたれ」遠野徒然草』をお薦めします。

 

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【参考資料】

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