◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

観音塚古墳/飯野坂古墳群

最終更新日:2016年5月27日

 

観音塚古墳概要

 

ふりがな かんのんづかこふん
通称
住所 宮城県名取市飯野坂5丁目

交通 JR東北本線/常磐線名取駅下車、徒歩約25分
史跡・文化財指定 国指定史跡
名称:飯野坂古墳群
指定年月日:昭和53年(1978)3月16日
現況 古墳
築造時期 4世紀
関連施設  

 

墳丘

 

形状 前方後円墳 前方後方墳  円墳 方墳 八角墳 上円下方墳
築成 1段 2段 3段 4段 5段
造出 あり なし
規模 全長約65m(現地説明板)
墳丘高 後方部約m/前方部約m
葺石 あり なし 不明
埴輪 あり なし 不明
登頂 可能 不可能
陪塚 あり なし

 

埋葬主体

 

 不明。竪穴式石室のはず。

 

周溝

 

形状 墳丘形 馬蹄形 長方形 不定形 不明 なし
構造 一重 二重 三重 不明
残存もしくは形跡 全部あり 一部あり なし
遺物  
周溝を含めた最大長 約m

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2016年5月12日(木)
天候 晴れ
探訪ルート 【5月12日】 亘理郡家<三十三間堂官衙遺跡> → 雷神山古墳および小塚古墳(植松城) → 山居古墳 → 観音塚古墳 → 宮山古墳 → 薬師堂古墳 → 諏訪神社 → 陸奥国府および郡山廃寺<郡山遺跡> → 北目城 → 遠見塚古墳 → 若林城 → 保春院 → 法領塚古墳 → 陸奥国分尼寺 → 陸奥国分寺
【5月13日】 鹽竈神社博物館 → 志波彦神社 → 鹽竈神社 → 荒脛巾神社 → 陸奥総社宮 → 多賀城外郭北東隅・外郭東門跡・大畑地区 → 多賀城六月坂地区および多賀神社 → 多賀城神社 → 貴船神社 → 伏石 → 多賀城政庁 → 多賀城作貫地区 → 多賀城碑 → 館前遺跡 → 今野家住宅 → 高崎多賀神社 → 多賀城廃寺 → 東北歴史博物館
同道者 なし

 

 

 山居古墳からは観音塚古墳はすぐ隣に見えますが、観音塚古墳は北側のやや低い位置にあります。

 

 これが観音塚古墳のはず。

 

観音塚古墳

写真1 観音塚古墳

 

 おっと、デッドエンド。

 

 道が繋がっていません。

 

 戻って坂道を下ると、幼稚園の駐車場のとなりに墳丘が横たわっていました。

 

観音塚古墳

写真2 観音塚古墳

 

 早速登ります。

 

 ここで宮山古墳の近くにある説明板で飯野坂古墳群の配置を確認しておきましょう。

 

写真3 飯野坂古墳群配置図
クリックにて拡大させて見てください

 

 築造された順番は、「観音塚古墳 → 宮山古墳 → 薬師堂古墳 → 山居古墳 → 山居北古墳」と考えられています。

 

 後方部から北の方を見下すと、陪塚のような小さな古墳が見えます。

 

観音塚北1号墳

写真4 観音塚北1号墳

 

 あとで宮山古墳の説明板を見てみると、一辺14.4メートルの観音塚北1号墳でした。

 

 後方部墳頂。

 

後方部墳頂

写真5 後方部墳頂

 

 観音塚古墳も前方後方墳ですよ。

 

 後方部から前方部を見ます。

 

後方部から前方部を見る

写真6 後方部から前方部を見る

 

 くびれ部分から後方部を見ます。

 

くびれ部分から後方部を見る

写真7 くびれ部分から後方部を見る

 

 前方部から後方部を見ます。

 

前方部から後方部を見る

写真8 前方部から後方部を見る

 

写真9 

 

 お堂が見えますね。

 

写真10 お堂

 

【参考資料】

  • 現地説明板および標柱

 

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