◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

宮司が郡山遺跡の発見に寄与した古社・諏訪神社

最終更新日:2016年5月21日

 

諏訪神社概要

 

ふりがな すわじんじゃ
住所 宮城県仙台市太白区郡山5-13-8

祭神
  • 健御名方命(たけみなかたのみこと)
合祀祭神
  • 天照皇大神(あまてらすおおみかみ)
  • 健御賀突智命(たけみかつちのみこと)
  • 伊波比主神(いはひぬしのかみ)
  • 天之子八根命(あめのこやねのみこと)
  • 素盞嗚命(すさのおのみこと)
  • 大山祇命(おおやまづみのみこと)
境内神社
  • 深山神社(祭神:大山祇命)
  • 稲荷神社
  • 不詳
公式サイト http://www.suwajinjya.or.jp/

創建 天喜4年(1056)
創建者 源頼義

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2016年5月12日(木)
探訪ルート 【5月12日】 亘理郡家<三十三間堂官衙遺跡> → 雷神山古墳および小塚古墳(植松城) → 山居古墳 → 観音塚古墳 → 宮山古墳 → 薬師堂古墳 → 諏訪神社 → 陸奥国府および郡山廃寺<郡山遺跡> → 北目城 → 遠見塚古墳 → 若林城 → 保春院 → 法領塚古墳 → 陸奥国分尼寺 → 陸奥国分寺
【5月13日】 鹽竈神社博物館 → 志波彦神社 → 鹽竈神社 → 荒脛巾神社 → 陸奥総社宮 → 多賀城外郭北東隅・外郭東門跡・大畑地区 → 多賀城六月坂地区および多賀神社 → 多賀城神社 → 貴船神社 → 伏石 → 多賀城政庁 → 多賀城作貫地区 → 多賀城碑 → 館前遺跡 → 今野家住宅 → 高崎多賀神社 → 多賀城廃寺 → 東北歴史博物館
同道者 なし

 

 

 飯野坂古墳群の前方後方墳を4基堪能したので、この辺で次の目的地である太白区の郡山遺跡を目指しましょう。

 

 薬師堂古墳を出て歩き出すと、藤が綺麗に咲いている箇所が所々あります。

 

藤の花

写真1 藤の花

 

 つい4日前に「東国を歩く会」で武蔵国分寺を歩いた時は、殿ヶ谷戸庭園の藤の花はもう終わっていました。

 

 こちはまだ見頃のようですね。

 

 おや、小さな神社がありますね。

 

雲南神社

写真2 雲南神社

 

 雲南神社です。

 

雲南神社社殿

写真3 雲南神社社殿

 

 でも私は雲南神社という神社は知りません。

 

 帰宅後調べてみたところ、雲南神社というのは賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)を祀る宮城・岩手に分布している神社のようです。

 

 賀茂別雷神ということは京都の上賀茂神社の流れかもしれませんが、今のところ詳細は分かりません。

 

 ちなみに、「別」(ワケ)というのは古代の人物のある種の称号で、例えば天皇家の場合にも応神天皇は「ホムダワケ」、履中天皇は「イザホワケ」が本名で、だいたい4世紀くらいの各地の有力者が名乗っています。

 

 ですから、上賀茂神社が祭神としている「カモワケ」もその頃の人物であったのかもしれません。

 

 なお、それより前は、「ヒコ」が流行っており、こういった「ワケ」や「ヒコ」がその後の姓へと繋がっていくと思われます。

 

 名取一中の角に着きました。

 

名取一中の角

写真4 名取一中の角

 

 ところで、今まで水路脇の小道を歩いてきたのですが、これは今日の朝、雷神山古墳に行く途中に歩いた「館腰遊歩道」の続きでした。

 

 ここからは普通の住宅地の中を歩きます。

 

 しばらくまっすぐ歩いてくると、増田川に架かる橋を渡りますが、大手橋という名前が付いています。

 

大手橋

写真5 大手橋

 

 この辺の住所は大手町というんですね。

 

 何で大手町なんでしょうか?

 

 薬師堂古墳から20分ほど歩くと名取駅が見えてきました。

 

名取駅

写真6 名取駅

 

 JR名取駅!

 

JR名取駅

写真7 JR名取駅

 

 おや、駅前のサッポロビールの工場らしきものの隣に「仙台ビール園」という素晴らしい名前の施設がありますね。

 

仙台ビール園

写真8 仙台ビール園

 

 今日は5時15分から歩きだしてすでに5時間近く経過しています。

 

 ビール飲みたい・・・

 

 どっちみちこの時間は営業していないと思うので、未練も残さず電車に乗ります。

 

 降り立ったのは太子堂駅。

 

 もちろん電車を撮影。

 

仙台空港鉄道SAT721系

写真9 仙台空港鉄道SAT721系

 

 カッコいい電車ですね。

 

 新しそうです。

 

 太子堂駅の外見は都会的でした。

 

太子堂駅

写真10 太子堂駅

 

 郡山遺跡の方向へ向かって歩いていると、地図に諏訪神社を見つけました。

 

 チョロッと寄ってみましょう。

 

 お、真新しい赤い鳥居が建っています。

 

諏訪神社

写真11 諏訪神社

 

 あー、そうだったんですね。

 

旧鳥居の礎石

写真12 旧鳥居の礎石

 

 今回の旅は、随所で5年前の震災の爪跡に遭遇します。

 

 電車に乗っているときは車窓から仮設住宅が見えました。

 

 まだまだ困っている人が沢山いることに心が痛みますが、こうして仙台の歴史を紹介することが何かしらプラスになるのなら頑張って歩こうと思います。

 

 諏訪神社の由緒書き。

 

諏訪神社の由緒書き

写真13 諏訪神社の由緒書き

 

 参道の横には藤棚がありますね。

 

参道の横には藤棚

写真14 参道の横には藤棚

 

 社殿。

 

社殿

写真15 社殿

 

 額。

 

額

写真16 額

 

 先ほどの由緒書きにもあった通り、この諏訪神社は元々は長町にありました。

 

 ところがそこに国鉄が長町駅操車場を作ることになり、大正13年に現在に移転してきたのです。

 

 『日本の遺跡35 郡山遺跡』(長島榮一著)によると、昭和24年(1949)の冬、「天地返し」という畑を掘り起こす作業をしていた地元の方が大量の瓦を掘り起こしました。

 

 その光景を見ていた諏訪神社の宮司・二階堂進さんは、博識ゆえにそれに驚き、郷土史家の三原良吉さんに相談すると、のちに東北の古代史研究でビッグネームとなる伊東信雄先生へ繋がり、伊東先生が本格的な調査をしたことによって、現在の郡山遺跡の成果に結びついています。

 

 宮司さんや住職さんは歴史に興味がある方が多いので、武蔵の国分寺なんかもそうなのですが、そういう方々が声をあげてくれたり保護をしてくれたりして遺跡の調査や保存に向かうというケースは全国的に多いのではないかと想像できます。

 

 境内神社。

 

境内神社

写真17 境内神社

 

 真中は深山神社といって、大山祇命が祭神です。

 

 藤棚を反対側から見ます。

 

藤棚

写真18 藤棚

 

 それでは、郡山遺跡へ行ってみましょう。

 

【参考資料】

  • 現地説明板
  • 『日本の遺跡35 郡山遺跡』 長島榮一 2009年

 

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