◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

矢塚古墳

最終更新日:2016年10月23日

 

矢塚古墳概要
ふりがな やづかこふん
住所 奈良県桜井市東田字矢塚

 

墳丘

 

形状 前方後円墳 前方後方墳  円墳 方墳 八角墳 上円下方墳
築成 1段 2段 3段 4段 5段
造出 あり なし
規模 全長93m以上(現地説明板)
墳丘高 後方部約m/前方部約m(現地説明板)
葺石 あり なし 不明
埴輪 あり なし 不明
登頂 可能 不可能(私有地のため)
陪塚 あり なし

 

埋葬主体

 

 不明。

 

周溝

 

形状 墳丘形 馬蹄形 長方形 不定形 不明 なし
構造 一重 二重 三重 不明
中島 あり なし
残存もしくは形跡 全部あり 一部あり なし
遺物  
周溝を含めた最大長 約m

 

スポンサードリンク


第1回 探訪記録

 

探訪データ

探訪年月日 2016年10月15日(土)
天候 晴れ
探訪ルート

【1日目】
唐古・鍵考古学ミュージアム → 桜井市立埋蔵文化財センター → 箸墓古墳 → 勝山古墳 → 矢塚古墳 → 纒向石塚古墳 → 大神神社
【2日目】
藤原宮跡 → 藤原京朱雀大路跡 → 橿原考古研究所附属博物館 → 藤原京資料室 → 飛鳥資料館 → 飛鳥京苑池遺跡 → 飛鳥宮跡

 

 勝山古墳のお隣に佇んでいる矢塚古墳にやってきました。

 

矢塚古墳説明板

写真1 矢塚古墳説明板

 

 この説明板には、「纒向型前方後円墳」の特徴が書かれており、その一つとして後円部径と前方部長の比率が「2:1」になるというのがありますが、勝山古墳のページでも述べた通り、『研究最前線 邪馬台国』所収「纒向遺跡でいま、何が言えるのか」(橋本輝彦)によると、最近の研究では勝山古墳や東田大塚古墳は前方部が長く、矢塚古墳纒向石塚古墳は反対に短いということが分かってきており、纒向型前方後円墳の定義については再考する余地がありそうです。

 

矢塚古墳

写真2 矢塚古墳

 

 少し離れた場所には東田大塚古墳があります。

 

東田大塚古墳を見る

写真3 東田大塚古墳を見る

 

 近い距離ではありますが、もう奈良は見るところが多すぎて全部見ていると家に帰れなくなってしまうので、適度に見切ることが大事ですね。

 

 さらにその向こうには耳成山。

 

東田大塚古墳と耳成山

写真4 東田大塚古墳と耳成山

 

 ちなみに墳丘の裾にはバリケードが施されていて、「入ってくるな感」がハンパないですね。

 

「入ってくるな感」がハンパない

写真5 「入ってくるな感」がハンパない

 

 昨今は空前の古墳ブームになっていることもあり、地主さんからすると勝手に山の中に入られるのは我慢ならないでしょうね。

 

 あ、そうだ肝心の石塚古墳を見てないから探してみよう。

 

<< 戻る

現在地

進む >>

勝山古墳

矢塚古墳

纒向石塚古墳

 

【参考資料】

  • 現地説明板
  • 『纒向へ行こう! −初期ヤマト政権発祥の地を歩く−』 桜井市埋蔵文化財センター/編
  • 『研究最前線 邪馬台国』所収「纒向遺跡でいま、何が言えるのか」 橋本輝彦 2011年

 

 

スポンサードリンク



 

ご意見・ご感想は、稲用章

inayouアットマークa.email.ne.jp

までお願いします。

 




関連ページ

纒向石塚古墳
勝山古墳
隣接する4基の纒向型前方後円墳のうち、勝山古墳は石塚古墳の次に築造されたと考えられる古墳です。
その実年代は3世紀前半と考えられます。
箸墓古墳
史上初の定型化された前方後円墳。
なぜこのような巨大な古墳が突如誕生したのか?箸墓古墳には古代のロマンが詰まっています。
大神神社
桜井市埋蔵文化財センター