◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

肥前国庁跡資料館

最終更新日:2017年11月10日

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2017年6月17日(土)
天候 晴れ
探訪ルート 【6月17日】
肥前国庁跡 → 肥前国庁跡資料館 → 印鑰神社 → 肥前国分尼寺跡 → 成富兵庫頭茂安碑 → 肥前国分寺跡 → 古代西海道および鍵尼遺跡 → 吉野ヶ里遺跡

【6月18日】
同道者 なし

 

 

 

 普段、急ぎでないときはこういった施設ではかなり時間を使う方だと思いますが、今日はあまり時間がないので、長居はしないつもりです。

 

 しかしそうはいっても、どうしても係りの方と話しがしたくなるんですよね。

 

 気になった点を質問をしてみます。

 

 まず、瓦の色がカラフルな件ですが、当時の窯は登り窯で性能も良くないため、窯の中の温度が位置によってバラツキが生じ、そのため出来上がりの瓦の色も様々になったそうです。

 

 今見れるものとしては、奈良の元興寺の瓦がそうです。

 

 

 ※資料館の中の展示コーナーは写真撮影NGですが、許可をいただきました。

 

 そのため、奈良時代の瓦はさっき見たカラフルな感じだったと思った方がよいそうです。

 

 これは私も知らなかった・・・

 

 こういうのを「目から鱗」って言うのでしょうね。

 

 つづいて、綺麗に揃っている礎石ですが、やはりほとんどがレプリカだそうです。

 

 中には本物も少数混ざっているそうですが、資料館の表に一つだけ本物が移設されているそうです。

 

 これですね。

 

 

 どこの古代遺跡の復元でもそうですが、礎石が真新しいように見えたり、妙に揃いがいいと思った場合は、さきほども言った通りひとまずレプリカかどうか疑った方がいいですね。

 

 そしてもう一つ、とても面白かったのは、こちらの久池井六本杉(くちいろっぽんすぎ)遺跡です。

 

 

 久池井六本杉遺跡は、肥前国府がここにできる前の国府だそうです。

 

 何が面白いのかというと、その遺跡からは礎石が一つも見つかっておらず、柱穴が規則正しく検出されていることです。

 

 礎石がなく柱穴ということが何を表しているか分かりますか?

 

 そうですね、礎石がなければ屋根に瓦を葺くことはできないのです。

 

 瓦はとても重量があるので、瓦葺きの建物を作りたければ、柱の下には頑丈な礎石で支えないとならないのです。

 

 そうしないと、瓦の重量で柱が設計値以上に地中に埋まってしまい、建物が倒壊してしまう可能性があるのです。

 

 そのようなわけで、最初の官衙はこのジオラマのような感じだったそうです。

 

 

 ちょっと寂しいですね。

 

 もちろん、建物の周りには何かしら仕切りがあったはずですが、現状の発掘成果で分かっているのみの復元であることをご了承ください。

 

 私は「郡衙跡じゃないですか?」と聴いたのですが、国府跡に間違いないそうです。

 

 係りの方が親切に解説してくださったお陰で、楽しい時間を過ごすことができました。

 

 さて、そんなわけで最初から時間を多く使ってしまいましたよ。

 

 まずいまずい。

 

 時刻はもうお昼ですが、どこかのお店に寄ってお昼ご飯をゆっくり食べている時間はもったいないので、急いで次へ向かいます。

 

 せっかくの「初佐賀県」なのに私はまったく味気ない人間ですね。

 

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肥前国庁跡資料館

印鑰神社

 

 

【参考資料】

  • 現地説明板

 

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