◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

古代西海道および鍵尼遺跡

最終更新日:2017年11月10日

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2017年6月17日(土)
天候 晴れ
探訪ルート 【6月17日】
肥前国庁跡 → 肥前国庁跡資料館 → 印鑰神社 → 肥前国分尼寺跡 → 成富兵庫頭茂安碑 → 肥前国分寺跡 → 古代西海道および鍵尼遺跡 → 吉野ヶ里遺跡

【6月18日】
同道者 なし

 

 

 

 こういう普通の人が見たら何の変哲もない道路の写真を撮っているから不審者と間違えられるんでしょうね。

 

 石仏が現れました。

 

 

 今歩いてきた道を振り返ります。

 

 

 何の形跡もありませんが、この道には途中中門跡と南門跡があるはずです。

 

 そしてこの石仏が面している東西の道が、古代の西海道ですね。

 

 東を見まーす。

 

 

 西を見まーす。

 

 

 いや、でも何かこの道の南側を並走する道の方が何となく気になる。

 

 そっちを歩いてみよう。

 

 ところが、少し歩いてもあまり魅力を感じません。

 

 なので、さきほどの道へ合流します。

 

 おっと、説明板発見!

 

 

 だいぶ痛んでいるのが残念です。

 

 ちょっとした公園になっていますね。

 

 

 ここには鍵尼遺跡といって、平安時代始めから鎌倉時代にかけての遺跡があるんですね。

 

 東オッケー。

 

 

 西オッケー。

 

 

 それでは、車に戻りましょう。

 

 あれは先ほど見た「成富兵庫頭茂安碑」が立っている築山ですね。

 

 

 

 ということで、駐車場まで戻ってきました。

 

 やばい、時刻はもう12時40分だ。

 

 急いで本来の下見の目的地である吉野ヶ里遺跡へ向かいましょう。

 

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吉野ヶ里遺跡

 

 

【参考資料】

  • 現地説明板

 

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