◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

忍諏訪神社・東照宮

最終更新日:2016年2月7日

 

 私は古墳好きを標榜しておきながら、実はさきたま古墳群に行ったことが無いのです。

 

 そのため、常に後ろめたい気持ちを抱えて日蔭の生活を送ってきたのですが、たまたま行田市にある埼玉県立さきたま史跡の博物館で東国の古墳時代の研究で著名な若狭徹先生の講演があることを知ったので、それを聴くのも兼ねてさきたま古墳群に行ってみることに決めました。

 

 念願のさきたま古墳群、非常に楽しみです。

 

忍諏訪神社諸元

 

ふりがな おしすわじんじゃ
別名
住所 埼玉県行田市本丸12

創建 建久年間または延徳3年(1491)に持田村から遷座(説明板)
寛文12年(1672)(『新編武蔵風土記稿』「巻之二百十六 埼玉郡之十八 忍領 忍城並城下町」
史跡・文化財指定 行田市指定文化財 碁石頭桶側菱綴二枚胴具足
祭神
  • 建御名方命(たけみなかたのみこと)
  • 八坂刀売命(やさかとめのみこと)
境内神社
  • 東照宮
  • 多度社
  • 一目連社
  • 科斗社
  • 八幡社
  • 久伊豆社
  • 荒神社
  • 春道稲荷大明神
  • 神明社
  • 二の丸稲荷社
  • 天神社
  • 両棟稲荷大明神
公式サイト なし

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2015年3月14日(土)
天候 曇り時々晴れ
探訪ルート 忍諏訪神社・東照宮 → 行田市郷土博物館 → 忍城 → 高源寺 → 妙音寺 → 大日塚古墳 → 丸墓山古墳 → 稲荷山古墳 → 将軍山古墳 → 将軍山古墳展示館 → 二子山古墳 → 愛宕山古墳 → 瓦塚古墳 → さきたま史跡の博物館 → 奥の山古墳 → 鉄砲山古墳 → 前玉神社および浅間塚古墳
同道者 なし

 

まずは城内の神様にご挨拶

 

 高尾駅発6時29分の中央快速線に乗車。

 

 これくらいの時間に出勤することも多くて、3月になっても早朝はまだ寒いので昨日まではあまりよく考えずにダウンジャケットを着ていましたが、今日は少し薄手のジャンバーで出掛けます。

 

 少し寒いくらいがちょうどよい。

 

 天気も晴れ。

 

 今日は北陸新幹線の開業日ですが、上野東京ラインも開業するので帰りは遠回りして乗ってみようと思います。

 

 あれ、神武号の充電が少ない。

 

 昨日の夜ずっと充電しておいたはずなのにおかしい・・・

 

 JRを乗り継いで8時半に埼玉県熊谷市の熊谷駅に到着しました。

 

 2時間で来ちゃったので意外と近いです。

 

 熊谷というとよく夏になるとテレヴィの天気予報で「暑い町」として放送されますね。

 

 時間があれば駅前をプラプラしたいですが、今日は余裕が無いので秩父鉄道に乗り換えて先を急ぎましょう。

 

秩父鉄道

写真1 秩父鉄道

 

 秩父鉄道っていろんな車両が走っていて楽しいんですよね。

 

秩父鉄道

写真2 秩父鉄道

 

 でも乗車するのは今日が初めてなんです。

 

 嬉しい。

 

 8時38分発の秩父鉄道に乗って行田市駅へ向かいますが、2駅しかないのに310円となかなか高級。

 

秩父鉄道の切符

写真3 秩父鉄道の切符

 

 SUICAは使えませんよ。

 

 車窓を眺めていると熊谷の市街地を抜けたあたりから畑や住宅が広がります。

 

 単線なので隣の持田駅ですれ違いになりますが、面白いことに右側通行なんですねえ。

 

 熊谷駅を出発してから7分ほどで行田市駅に到着しました。

 

 ウェルカムな感じのコンコース。

 

ウェルカムな感じのコンコース

写真4 ウェルカムな感じのコンコース

 

 「行田見処案内所」と掲示された横には国宝の金錯銘鉄剣の説明が! 

 

行田見処案内所

写真5 行田見処案内所

 

 金錯銘鉄剣は東国の古代史をやっている人間からすると垂涎的な遺物ですが、今日はこれのモノホンが見れるよ!

 

行田市駅

写真6 行田市駅

 

 ちなみにここは秩父鉄道の行田市駅であって、JRの行田駅とは違いますよ。

 

行田市駅

写真7 行田市駅

 

 さきたま古墳群に行くのであれば、JR行田駅から巡回バスに乗った方が私的には速いのですが、今日は最初に忍城を見てみたいと思っているので、行田市駅まで来ました。

 

 もちろん、秩父鉄道に乗るのも目的の一つでした。

 

行田市駅のプラットホーム

写真8 行田市駅のプラットホーム

 

 駅を出て歩いていると何か雰囲気の良いレコード屋さんがあります。

 

レコード かわしま

写真9 レコード かわしま

 

 何気に入口の形が前方後円墳になっているのは結果論でしょうか。

 

 アーケード街もあります。

 

アーケード街

写真10 アーケード街

 

 行田市商工センターは無料休憩所にもなっており、観光案内所みたいな感じもしますがまだ朝早いので開いていません。

 

行田市商工センター

写真11 行田市商工センター

 

 おっと、説明板発見!

 

甲斐姫の説明板

写真12 甲斐姫の説明板

 

 甲斐姫について書かれています。

 

 そうなんですね、忍城は大ヒット映画「のぼうの城」の舞台で、映画の成功によって行田市を訪れる歴史ファンが多くなったようです。

 

 私もテレヴィで見ましたが、楽しい映画でしたね。

 

 駅から17分くらい歩いて時の鐘みたいなものが見えてきました。

 

忍城

写真13 忍城

 

 忍城址に到着です。

 

 もっとも忍城自体はかつてはもっと広大で、駅から歩いて来る道はすでに城内だったのですが、現在「忍城址」と言う場合は、博物館がある公園の敷地のことを指します。

 

 その現在の忍城址の周りは水濠がめぐっており、対岸には天守のようなものが見えます。

 

復元三階櫓

写真14 復元三階櫓

 

 復元された三階櫓です。

 

 おや、神社がありますね。

 

写真15 忍諏訪神社・東照宮

 

 神社も気になるので、まずは神社に詣でてからお城に行くとしましょう。

 

忍諏訪神社・東照宮一の鳥居

写真16 忍諏訪神社・東照宮一の鳥居

 

 鳥居をくぐると右手にまず一社あります。

 

諏訪神社

写真17 諏訪神社

 

 諏訪神社です。

 

 説明板によると、この諏訪神社は建久年間に忍三郎・同五郎家時らの一族が館を築いて居住したころの創建とも、成田親泰が延徳3年(1491)に忍城を築城した時に持田村の鎮守であった諏訪神社を忍城の鎮守としたのが始まりともいわれています。

 

 『新編武蔵風土記稿』「巻之二百十六 埼玉郡之十八 忍領 忍城並城下町」には、諏訪郭の諏訪社は寛文12年(1672)の創建とあります。

 

 その横には二の丸稲荷社があります。

 

二の丸稲荷社

写真18 二の丸稲荷社

 

 説明板によると、元々はその名の通り忍城の二の丸に祀られていた神社で、明治6年に現在地に遷座しました。

 

 一説には、忍城主成田長泰が若いころに殺生した狐の親子を祀るために見返曲輪(近世の二の丸)に創したといわれています。

 

 おっと、凄い神社を発見。

 

多度社・一目連社

写真19 多度社・一目連社

 

 多度社と一目連社が合祀されているのですが、説明板には多度社についてしか書かれていません。

 

 多度社はその名の通り、伊勢国の多度山の神を祀っており、桑野藩第7代藩主松平忠堯が、「三方領知替え」で忍藩に転封された文政6年(1823)に城内に勧請し、こちらも先ほどの稲荷社と同じ明治6年にこの地に遷座されました。

 

 そして問題はもう一つの神社、一目連社なのですが、何と祭神は天目一箇神(あめのまひとつのかみ)なのです!

 

 天目一箇神は製鉄の神で、古代の鍛冶は片目で炉のなかの炎を見続けるため、その目を失明することが多く、そのためこの神様も一つ目なのです。

 

 ただし、多度大社の別宮である一目連社の祭神の場合は、片目を失明した龍神という説もあり、実際のところは私自身も今のところよく分かっていません。

 

 ただ「一つ目」というのは非常に民俗的にも面白く、柳田國男も関心を寄せていて、我々が子供の頃に怖かった「一つ目小僧」というお化けもこれに関わってきて、なおかつ武田信玄の軍師と伝わる山本勘助も片目でかつ片足が不自由であり、一つ目小僧は足が一本であることも多いことから、この辺の話はすべて繋がってくると思っています。

 

 あ、話がだいぶずれましたね。

 

 元に戻しましょう。

 

 境内には郷土史家森尾津一氏が描いた「忍城鳥瞰図」が掲示されています。

 

忍城鳥瞰図

写真20 忍城鳥瞰図

 

 画像はクリックすると拡大するので良く見ていただくと、赤い点で現在地が示されており、「諏訪郭」と称され「諏訪社」も記されています。

 

 これは江戸期の忍城ですが、こう見ると湖の中に浮かぶ城のようですね。

 

写真21 二の鳥居

 

 ここの東照宮は、松平忠明が寛永2年(1625)に大和国郡山城内に社殿を建立し、母亀姫から譲られた家康の肖像を安置したのが始まりで、その後藩主が移封されるたびに遷座し、最終的には慶応4年(1868)の鳥羽伏見の戦いの折に大坂蔵屋敷内からこの地に遷りました。

 

 明治33年には松平忠明も配祀されています。

 

 それでは神社を出て、忍城址の探訪をしようと思いますが、城址には行田市郷土博物館がありますので、つづいて博物館の見学をしてみましょう。

 

 次回の記事はこちら

 

【参考資料】

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