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忍城を護り抜いた豪傑・正木丹波守が開基した寺・高源寺

最終更新日:2017年7月31日

 

高源寺概要

 

ふりがな こうげんじ
別名
住所 埼玉県行田市佐間1-2-9

交通
史跡指定
宗派 臨済宗円覚寺派
山号 天真山
本尊 阿弥陀如来
創建 天正18年(1590)
開山・開基 開山:守天昌意
開基:正木丹波守

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2015年3月14日(土)
天候 曇り時々晴れ
探訪ルート 忍諏訪神社・東照宮 → 行田市郷土博物館 → 忍城 → 高源寺 → 妙音寺 → 大日塚古墳 → 丸墓山古墳 → 稲荷山古墳 → 将軍山古墳 → 将軍山古墳展示館 → 二子山古墳 → 愛宕山古墳 → 瓦塚古墳 → さきたま史跡の博物館 → 奥の山古墳 → 鉄砲山古墳 → 前玉神社および浅間塚古墳
同道者 なし

 

シュールな看板に息を呑む

 

 忍城址を出て、さきたま古墳群を目指します。

 

 時刻は11時を過ぎています。

 

 講演は13時半からですが、さきたま古墳群を見てから講演を聴きたいので急いで向かいましょう。

 

 水城公園で買ったゼリーフライを食べながら交差点までやってくると、何やら騎馬武者を描いた看板が見えます。

 

正木丹波守

写真1 正木丹波守

 

 あー、あの「のぼうの城」に出てきた正木丹波守が開基した寺か!

 

 しかしなかなかシュールな看板ですね。

 

 境内は思いのほか小ぢんまりとしています。

 

天真山高源寺

写真2 天真山高源寺

 

 確か、映画では忍城の合戦が終わった後、出家して戦死者の菩提を弔うと言っていましたね。

 

 現地説明板にも、高源寺は合戦の後、丹波守が開基したと記されています。

 

 ただ、映画を見た人からすると、丹波守は僧侶となって天寿を全うして欲しかったと思いますが、残念ながら翌年に没しています。

 

高源寺本堂

写真3 高源寺本堂

 

 『新編武蔵風土記稿』「巻之二百十六 埼玉郡之十八 忍領 佐間村」によると、高源寺は上崎村龍光寺の末で開基は正木丹波守「勝英」となっています。

 

 また、説明板によると本尊は阿弥陀如来ということですが、『新編武蔵風土記稿』編纂の時点では正観音が本尊となっています。

 

 なお、同書には「正木丹波守屋敷蹟」という項目も立っています。

 

額

写真4 額

 

 気になったのは、高源寺の説明板(由緒書)にお寺を移転するようなことが書いてあることです。

 

 事情は良く分かりませんが、思わぬところで正木丹波守が開基したお寺と出会ってしまいました。

 

 さらに南下を続けます。

 

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高源寺

妙音寺

 

【参考資料】

 

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