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後方部が消滅した前方後円墳・富士浅間神社古墳(諏訪山36号墳)/諏訪山古墳群

最終更新日:2016年1月30日

 

 埼玉県立嵐山史跡の博物館が主催するシンポジウム「戦国時代は関東から始まった」を聴講しに嵐山まで出張ることが決まり、どうせなら少し史跡を見てみたいと思い、途中通過する東武東上線の高坂駅近くには高坂館跡があることを知っていたので、高坂館跡を探訪することにしました。

 

 前日の夜に、高坂館跡以外にも何かないかなと思い調べていると、『さいたま古墳めぐり』に、同じく高坂駅近くに諏訪山古墳群というのがあり、武蔵国内でも最古級の古墳があることが分かりました。

 

 嵐山史跡の博物館の隣にある国立女性教育会館で開催されるシンポジウムの開場は9時半ということなので、早めに家を出て、高坂駅付近を探訪してみます。

 

富士浅間神社古墳(諏訪山36号墳)諸元

 

概要

 

ふりがな ふじせんげんじんじゃこふん(すわやまさんじゅうろくごうふん)
住所 埼玉県東松山市西本宿

交通 東武東上線高坂駅下車、徒歩約10分
史跡指定  
現況 富士浅間神社
築造時期  
関連施設  

 

墳丘

 

形状 前方後方墳 前方後円墳 方墳 円墳 その他
築成 1段 2段 3段 4段 5段 不明
造出 あり なし
規模 全長約27.1m(現在残る後円部のみの値)
墳丘高  
葺石 あり なし 不明
埴輪 あり なし 不明
登頂 可能 不可能
陪塚 あり なし

 

埋葬主体

 

位置  
掘り方 竪穴式 横穴式
石室・槨 不明
規模 不明
直葬 割竹形木棺 舟形木棺 家形石棺 長持形石棺 不明
人骨 不明
副葬品 不明
見学 可能 不可能

 

周溝

 

形状 墳丘形 馬蹄形 長方形 不定形 不明 なし
構造 一重 二重 三重 不明
中島 あり なし
残存もしくは形跡 全部あり 一部あり なし
遺物  
周溝を含めた最大長 約m

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2015年2月1日(日)
天候 晴れ
探訪ルート 富士浅間神社古墳(諏訪山36号墳) → 諏訪山29号墳 → 東武鉄道高坂構外側廃線 → 高坂館および高済寺古墳 → 稲荷塚古墳
同道者 なし

 

後方部が消滅した前方後円墳

 

 今日も早朝の現場に行くのと同じくらいに6時20分に家を出て、電車を乗り継いで北上します。

 

 東武東上線の高坂駅に到着するころ、車窓からはきれいな富士山が見えました。

 

富士山

写真1 富士山

 

 富士山は見慣れていますが、いつ見てもなぜか幸せな気分になりますね。

 

 高坂駅には7時51分に到着。

 

東武東上線

写真2 東武東上線

 

 まずは西口に出ます。

 

東武東上線高坂駅西口

写真3 東武東上線高坂駅西口

 

 ちなみに、「高坂」は、「こうさか」ではなく「たかさか」と音しますよ。

 

 まだ朝早いので、メインストリートも静かな感じです。

 

高坂駅西口メインストリート

写真4 高坂駅西口メインストリート

 

 いやー、でも風が冷たい。

 

 やせ我慢はやめて、手袋をはめます。

 

 10分くらいニョゴニョゴと歩いていると、前方に杜が見えてきました。

 

杜

写真5 杜

 

 おそらく、あの辺りに古墳があるに違いない。

 

 おっと、浅間神社を発見!

 

富士浅間神社

写真6 富士浅間神社

 

 昨日読んだ『さいたま古墳めぐり』には、神社の境内に古墳があると書いてありました。

 

 あ、やっぱり。

 

 古墳の上に社殿が建つ、よくある形式ですね。

 

浅間神社古墳

写真7 富士浅間神社古墳

 

 最初、円墳かと思いましたが、本来は前方後円墳で、前方部は削り取られてしまったらしいです。

 

富士浅間神社社殿

写真8 富士浅間神社社殿

 

 富士浅間神社の沿革は分かりませんが、『新編武蔵風土記稿』によれば、元宿村の鎮守で、常安寺の持ということです。

 

 地図で確認すると、常安寺は関越自動車道の向こう側にあり、現在も法灯を伝えています。 

 

 『東松山市史 資料編第1巻 原始古代・中世 遺跡・遺構・遺物編』によると、昭和42年の分布調査時には、諏訪山古墳群には3基の前方後円墳を含む37基の古墳が確認されていましたが、その時点でほとんどが損傷を受けていました。

 

 3基の前方後円墳とは、富士浅間神社古墳(36号墳)、29号墳、諏訪山古墳(35号墳)の3基のことですが、29号墳はのちに前方後方墳であったことが判明しています。

 

 さて、まずは36号墳を見つけましたが、本来の目的は武蔵国内でも最古期の前方後方墳の29号墳と、同じく前方後円墳の35号墳を見ることです。

 

 見つけに行きましょう。

 

 次回の記事はこちら

 

【参考資料】

  • 『新編武蔵風土記稿』「巻之百九十 比企郡之五 元宿村」 昌平坂学問所/編 1830年
    ↑クリックすると国立国会図書館デジタルコレクションの当該ページへリンクします
  • 『東松山市史 資料編第1巻 原始古代・中世 遺跡・遺構・遺物編』 市史編さん課/編 1981年
  • 『新編 埼玉県史 資料編2 原始・古代 弥生・古墳』 埼玉県/編 1982年
  • 『さいたま古墳めぐり』 宮川進/著 さきたま出版会 1997年
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