◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

東武鉄道高坂構外側廃線

最終更新日:2015年12月12日

 

 前回の記事はこちら

 

 高坂での滞在時間は1時間しかないので、諏訪山古墳群を後にすると、早歩きで高坂館跡へ移動します。

 

東武鉄道高坂構外側廃線諸元

 

概要
ふりがな とうぶてつどうたかさかこうがいそくはいせん
住所 埼玉県東松山市高坂

交通 東武東上線高坂駅下車、徒歩約5分
史跡指定  
関連施設  

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2015年2月1日(日)
天候 晴れ
探訪ルート 富士浅間神社古墳(諏訪山36号墳) → 諏訪山29号墳 → 東武鉄道高坂構外側廃線 → 高坂館および高済寺古墳 → 稲荷塚古墳
同道者 なし

 

あれ?これはもしかして・・・

 

 高坂館を目指して歩いていると、さきほどの古墳があったあたりの森が気になります。

 

諏訪山古墳の眠る森

写真1 諏訪山古墳の眠る森

 

 こっち側から回れそうだなあ・・・

 

 でも今日は時間がない。

 

 あとで、『東松山市史 資料編第1巻 原始古代・中世 遺跡・遺構・遺物編』を読んだところ、やはりこの森の中に諏訪山古墳群で最大の古墳である諏訪山古墳があることがわかりました。

 

 機会があれば再訪したいです。

 

 先を急いでいると、あれ?何か怪しい地形がありましたよ。

 

東武鉄道高坂構外側廃線跡を見る(北側)

写真2 東武鉄道高坂構外側廃線跡を見る(北側)

 

 これって、明らかに廃線跡じゃない?

 

 南側は、高坂駅の方へ向かっています。

 

東武鉄道高坂構外側廃線跡を見る(南側)

写真3 東武鉄道高坂構外側廃線跡を見る(南側)

 

 お、富士山がチラリ。

 

富士山チラリズム

写真4 富士山チラリズム

 

 私はとくに廃線跡に関する資料は持っていないので、後日Webで調べてみると、「なるサイト」内「鉄道探検隊」の「線路を歩こう。」コーナーに詳細な探訪レポートが掲載されていました。

 

 それによると、昭和30年に秩父鉱業株式会社が東松山市葛袋から産出するセメント原料を輸送するため開通させた路線で、昭和59年8月1日に廃線となったそうです。

 

 廃線跡には鉄橋も残っていて、一部は藪こぎをしないと進めない場所もあるらしく、藪こぎって山城めぐり以外でも行う場面があるんだなあと面白味を感じました。

 

 怪しい直線に後ろ髪をひかれながらも、高坂館に向けて歩を進めます。

 

 次回の記事はこちら

 

【参考資料】

  • 『東松山市史 資料編第1巻 原始古代・中世 遺跡・遺構・遺物編』 市史編さん課/編 1981年
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