◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

大規模な空堀が残る川越藩の政庁・川越城

最終更新日:2016年1月30日

 

 前回の記事はこちら

 

 川越氷川神社を出ると時刻はもう16時20分、真冬なので日が暮れるのが凄く早いです。

 

 急いで喜多院にあるという近世川越城の空堀を見に行きましょう。

 

 

探訪データ
探訪年月日 2015年1月23日(金)
天候 晴れ
探訪ルート 砂久保陣場 → 霞ヶ関遺跡(入間郡家) → 河越館および上戸陣 → 常楽寺 → 河越城 → 川越氷川神社 → 川越城

 

川越城概要
ふりがな かわごえじょう
住所 埼玉県川越市郭町ほか

史跡指定 川越城本丸御殿:県指定有形文化財(建造物)
現況 市街地
目で見られる遺構 土塁・空堀

 

三芳野神社は猫ちんの楽園だった

 

 夕刻のオレンジ色の陽を浴びながら川越城へ向かって行くと、「道灌まんじゅう」と書かれた和菓子屋さんがありました。

 

道灌まんじゅう(川越菓舗 道灌)

写真1 道灌まんじゅう(川越菓舗 道灌)

 

 お土産に良いかもしれない。

 

 店に入り、看板メニューの道灌まんじゅうを買おうとしたところ、残念ながら売り切れ!

 

 なので、「芋クリーム どら焼き」を購入します。

 

 店を出てすぐ、「川越城本丸門跡」の標柱がありました。

 

川越城本丸跡

写真2 川越城本丸跡

 

 実は私は近世川越城について全然知識が無いのです。

 

川越城本丸御殿の画像をちょっと遊ぶ

写真3 川越城本丸御殿の画像をちょっと遊ぶ

 

 しかも城域はその後の開発によってかなり改変され、往時に遺構はあまり残っていないようですね。

 

 本丸御殿は県指定有形文化財です。

 

川越城本丸御殿

写真4 川越城本丸御殿

 

 本丸御殿の横には、三芳野神社があります。

 

三芳野神社

写真5 三芳野神社

 

 有名な同様「とうりゃんせ」の舞台となった神社ですね。

 

 おっ、猫ちん!

 

あっ、猫ちん!

写真6 あっ、猫ちん!

 

 増殖した!

 

あれ、増えた

写真7 あれ、増えた

 

 そっと近付いて行くと・・・、逃げられた!

 

おっと、気付かれたか!

写真8 おっと、気付かれたか!

 

 よく見ると太ってますね。

 

なんか肥えてるねえ

写真9 なんか肥えてるねえ

 

 太っているということは野良ではあっても人間にご飯を与えられているということです。

 

近づくチャンスか?

写真10 近づくチャンスか?

 

 そうだ、さっき買った「川越芋クリームどら焼き」を餌におびき寄せてみよう。

 

川越芋クリームどら焼

写真11 川越芋クリームどら焼

 

 ついでに自分も食べてみると、なかなか美味しい♪

 

 さあ、お主も食せぬか。

 

「わしゃ、特に腹は空いておらんが、呉れると云うのなら・・・」

写真12 「わしゃ、特に腹は空いておらんが、呉れると云うのなら・・・」

 

 でも何かを食べている所って写真に撮ってもあまり画になりませんね。

 

「たまには甘いものも良いな」

写真13 「たまには甘いものも良いな」

 

 甘いものはあんまり好きではないようですが、食べ物で釣ってしばらく遊びますが、陽がどんどん暮れてきます。

 

写真14 「ご馳走様でござる」

 

 先を急ぎましょう。

 

三芳野神社社殿

写真15 三芳野神社社殿

 

 「とうりゃんせ」の参道です。

 

三芳野神社参道

写真16 三芳野神社参道

 

 境内には土塁が残っており、近世川越城のものですが、もしかすると中世河越城にも関係があるのかもしれません。

 

土塁

写真17 土塁

 

 では、神社を抜けて先を急ぎましょう。

 

 おっと、ここにも!

 

おっと、ここにも!

写真18 おっと、ここにも!

 

 近接すると逃げて行きます。

 

「何見てんだよ!」

写真19 「何見てんだよ!」

 

 しつこく追いまくります。

 

「ついてくんなよ!」

写真20 「ついてくんなよ!」

 

 しつこい人は嫌われるので、この辺でやめておきましょう。

 

 というか、はやくお目当ての空堀を見ないと!

 

土塁

写真21 土塁

 

 でも気になる猫たち。

 

気になる猫たち

写真22 気になる猫たち

 

 こちらも土塁。

 

写真23 図面と諸元が書かれたプレート

 

 今度こそ、三芳野神社とお別れです。

 

写真24 図面と諸元が書かれたプレート

 

 神社を出るとき、お婆さんが猫たちに餌をあげているのを目撃しました。

 

 ざっとみて10匹以上はいるのですが、きちんと皿を並べて、カリカリのエサを山盛りに入れてあげていました。

 

 我が家にも昔猫がいたので想像できますが、相当なエサ代が掛かっていると思いますよ。

 

 多分、このお婆さんは自分の生活費を削ってまでエサをあげているのだと思います。

 

動物を捨てないでください

写真25 動物を捨てないでください

 

喜多院の空堀跡に驚嘆

 

 あ、神社発見。

 

浮島稲荷神社社殿

写真26 浮島稲荷神社社殿

 

 境内の説明板によると浮島稲荷神社だそうです。

 

浮島稲荷神社拝殿

写真27 浮島稲荷神社拝殿

 

 浮島稲荷神社の創建時代は不明で、一説には喜多院が開山される前にその地にあったのを、喜多院を創建するときに現在地に移したものとも、また太田道灌が河越城を築城する際に、城の守護神としてこの地に創建したものとも伝わっています。

 

扁額

写真28 扁額

 

 昔はこの辺りには清水の湧き出る穴が7つあって「七つ釜」と呼ばれ、一面葦が生い茂った沼沢地で、遠くからこの神社を眺めると島のように浮かんで見えたことから浮島神社と呼ばれるようになりました。

 

浮島稲荷神社の参道

写真29 浮島稲荷神社の参道

 

 いよいよもって、暗くなってきた。

 

 ようやく喜多院に到着です。

 

写真30 喜多院

 

 立派な土塁のようなものが見えますが確かめに行っている時間が無い!

 

土塁?

写真31 土塁?

 

 本堂のような立派な建物がありますが確かめに行っている時間が無い!

 

本堂?

写真32 本堂?

 

 おー、あったー!

 

空堀

写真33 空堀

 

 素晴らしい空堀!

 

空堀

写真34 空堀

 

 想像よりも立派です。

 

空堀

写真35 空堀

 

 あれ?空堀の中を誰かが歩いてきますよ。

 

付近の高校生の通学路

写真36 付近の高校生の通学路

 

 空堀は今では付近の高校生の通学路になっているようです。

 

 いや、でも最後に立派な空堀が見れて良かったです。

 

 今日はもう日が暮れてしまったので、近世川越城に関しては最後きちんと見学に来たいです。

 

予期せぬ大好物との遭遇

 

 さて、電車に乗って帰るとしましょう。

 

 駅に向かって歩いていると、なかなか良い感じのストリートがあります。

 

おー、良い雰囲気!

写真37 おー、良い雰囲気!

 

 楽しそうな飲み屋がたくさんありますが、経済的困窮人(コンキュート)の私はせめてラーメンでも食べて帰るとしよう。

 

 おっと、「三ツ矢堂製麺」!

 

写真38 三ツ矢堂製麺

 

 川越にもあったのか!

 

 三ツ矢堂製麺は我が家の近くにないのでなかなか食べる機会が無いので、久しぶりに大好きな「辛しつけ麺」(「辛」じゃなく「辛し」だよ)を食べて帰りましょう。

 

写真39 三ツ矢堂製麺の辛しつけ麺

 

 お腹一杯幸せ気分になり、川越駅から電車に乗って帰ります。

 

写真40 川越駅

 

 川越は我が家から意外と近いので、また探訪に来たいと思います。

 

【参考資料】

 

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