◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

尾崎神社

最終更新日:2015年10月11日

 

現在構築中!

 

 

探訪データ
探訪年月日 2015年1月23日(金)
天候 晴れ
探訪ルート 砂久保陣場 → 霞ヶ関遺跡(入間郡家) → 河越館および上戸陣 → 常楽寺 → 河越城 → 川越氷川神社 → 川越城

 

川越氷川神社概要
ふりがな かわごえひかわじんじゃ
住所 埼玉県川越市宮下町2-11-3

創建 欽明天皇2年(540)
史跡・文化財指定  
祭神
  • 主祭神:素盞鳴尊(すさのおのみこと)
  • 脚摩乳命(あしなづちのみこと)
  • 手摩乳命(てなづちのみこと)
  • 奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)
  • 大己貴命(おおなむちのみこと)
境内神社  
公式サイト http://www.kawagoehikawa.jp/

 

ここにも太田道灌の伝承が

 

 
















 

 

 

 

【参考資料】

 

スポンサードリンク



 

ご意見・ご感想は、稲用章

inayouアットマークa.email.ne.jp

までお願いします。

 




関連ページ

牛塚古墳
浅間塚古墳
山王塚古墳/南大塚古墳群
東山道武蔵路跡
入間郡家<霞ヶ関遺跡>
古代の武蔵国内に21あった郡の一つ入間郡の郡家(郡役所)は、最近の研究では霞ヶ関遺跡であると言われています。
そこは陸運・水運ともに便利な、位置的には入間郡内のへそとも言える場所です。
上戸日枝神社
川越氷川神社
三芳野神社
河越館および上戸陣
一時は秩父平氏を代表する家となった河越氏の居館跡の上には戦国時代に陣城が構築されました。
ここは国史跡として整備され、親切な説明板も多数立っているのでとてもお薦めな遺跡です。
常楽寺
元々は河越氏のプライベートな持仏堂から発展した寺院。
中興開基は悲劇の武将・大道寺政繁で、境内墓地には政繁供養の宝篋印塔もあります。
河越城
太田道真・道灌父子が取り立てて以来、80年間、扇谷上杉氏の本拠地であった河越城。
河越城跡には近世の川越城が築城されてしまいましたが、川越の町に中世の面影は残っているでしょうか。
砂久保陣場
「日本三大奇襲」の一つである天文15年(1546)の河越夜戦の際に戦場となったと伝わる陣場。
そこには往時の陣場を思い起こさせるものは残っているのでしょうか。
川越城
川越市立博物館