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都幾川左岸の菅谷台地上の狭い地域内に見られる特徴を有する円墳・稲荷塚古墳

最終更新日:2016年1月30日

 

 前回の記事はこちら

 

 高坂館と高済寺古墳を見た後は、東武東上線で武蔵嵐山駅へ急行します。

 

 埼玉県立嵐山史跡の博物館の隣にある国立女性教育会館で開催される博物館主催のシンポジウム「戦国時代は関東から始まった」は、9時半開場です。

 

 時刻は9時を回っており、道を急ぎたいところですが、途中にある稲荷塚古墳をチラッと見て行きましょう。

 

稲荷塚古墳諸元

 

概要

 

ふりがな いなりづかこふん
住所 埼玉県比企郡嵐山町

交通 東武東上線武蔵嵐山駅下車、徒歩約15分
史跡指定 嵐山町指定史跡
指定日:昭和36年(1951)10月1日
現況
築造時期
関連施設  

 

墳丘

 

形状 前方後方墳 前方後円墳 方墳 円墳 その他
築成 1段 2段 3段 4段 5段 不明
造出 あり なし
規模 現存規模は東西20m・南北16m(説明板)
墳丘高 約3m(『埼玉の古墳 比企・秩父』)
葺石 あり なし 不明
埴輪 あり なし 不明
登頂 可能 不可能
陪塚 あり なし

 

埋葬主体

 

掘り方 竪穴式 横穴式
石室・槨 平面プランは胴張り両袖型。側壁は結晶片岩(緑泥片岩)の扁平な割石の小口積み。奥壁と天井は片岩の大きな一枚岩で構成(説明板)
規模 玄室は奥行き3m・最大幅2.7m・天井部までの高さ2.5m、前室は奥行き2.7m・最大幅2.5m・高さ1.8m(説明板)
直葬 割竹形木棺 舟形木棺 家形石棺 長持形石棺 不明
人骨 なし(前室から中世の人骨)
副葬品 なし
見学 可能 不可能

 

周溝

 

形状 墳丘形 馬蹄形 長方形 不定形 不明 なし
構造 一重 二重 三重 不明
0.9〜1.0m(『埼玉の古墳 比企・秩父』)
中島 あり なし
残存もしくは形跡 全部あり 一部あり なし
遺物 葺石の礫が転落していたが遺物は見つかっていない(『埼玉の古墳 比企・秩父』)
周溝を含めた最大長 約m

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2015年2月1日(日)
天候 晴れ
探訪ルート 富士浅間神社古墳(諏訪山36号墳) → 諏訪山29号墳 → 東武鉄道高坂構外側廃線 → 高坂館および高済寺古墳 → 稲荷塚古墳
同道者 なし

 

11年前にも見ていると思うが印象が違う・・・

 

 2004年2月28日に青森県八戸市の友人と菅谷館を探訪した時は、まだ古墳に興味が無く、確かあの時も稲荷塚古墳の横を通過したような気がするのですが、記憶が定かではありません。

 

 今はバリバリの古墳マニアになっていますので、今日はぜひとも稲荷塚古墳を確認したいです。

 

 武蔵嵐山駅に下車して歩きだすと、埼玉県信用金庫がありました。

 

埼玉県信用金庫

写真1 埼玉県信用金庫

 

 2004年に来た時には、ここに「大衆食堂嵐山亭」という食堂があり、私は地方の定食屋が大好きですので、そこでお昼ご飯を食べたのですが、なくなってしまい残念です。

 

 シニア層の群れが同じ方向に向かって黙々と歩いて行きますが、おそらく目的地は私と同じでしょう。

 

黙々と歩くシニア層の群れ

写真2 黙々と歩くシニア層の群れ

 

 10分ちょっと歩くと中学校の横に円墳がありました。

 

稲荷塚古墳

写真3 稲荷塚古墳

 

 墳頂に上がると、中学校のテニスコートが見え、ここでカメラを構えていると変質者と勘違いがされる恐れがありますね。

 

 それでも、菅谷館方面を撮影。

 

墳頂から菅谷館方面を見る

写真4 墳頂から菅谷館方面を見る

 

 そういえば、私が中学生の時、中学校のすぐ隣には高校があったのですが、私のクラスメイトで、その高校の女子テニス部の練習を見るのを楽しみにしている人間がいました。

 

 私も一回一緒に行ったのですが、ミニスカートから瑞々しい太ももが露出されたお姉さんたちの群れは、中学生にとっては刺激充分でした。

 

 他にもフェンスにかじりついて見ている男子がいましたが、私はさすがに恥ずかしくて凝視できなかった憶えがあります。

 

 ていうか、今思えば、その場にいる時点ですでにそういう人だと思われているのだから、四の五の言わず堪能すれば良かったのにと思いますね。

 

 というのは、おじちゃん的発想でしょうか。

 

 さて、稲荷塚古墳は横穴式石室が開口していますが、柵があって中には入れなくなっています。

 

横穴式石室開口部

写真5 横穴式石室開口部

 

 説明板によると、かつてこの周辺には他にも古墳があり、古墳群を形成していました。

 

 石室をのぞいた感じでは、2室構造かなと思いましたが、説明板によると、羨道は平成元年の調査の時にはすでに破壊されていたそうです。

 

 石室のスペックは上の表に記した通りなのですが、都幾川左岸の菅谷台地に狭い分布を示す地域的な特徴のある石室です。

 

 時間もないので先を急ごうとすると、おそらく私と目的地が同じであろう人が、「何だろう?」という感じで説明板を読んでいます。

 

「何だろう?」

写真6 「何だろう?」

 

 私は「雑食系歴史マニア」で日本史は原始から近代まで全てに興味があるのですが、大概の歴史好きは特定の時代が好きみたいですね。

 

 ですから、城は好きでも古墳は興味ないとか、近世城郭には興味があっても中世城郭には興味が無いとか、そういうのが普通なわけです。

 

 今日、シンポジウムを聴きに行く人は戦国ファンばかりなので、おそらく古墳に興味がある人は少ないでしょう。

 

 でも好奇心を強く持って他の時代も貪欲に学んでいると、そうしなかった場合と比べて10年後にはかなり違った自分になっていると思いますよ。

 

 11年前にも見た気がするのですが、どうも印象が違うなあと思ったら、『埼玉の古墳 比企・秩父』の写真では墳丘に木が生えています。

 

 近年に伐採したんでしょうね。

 

 なお、該書によると、昭和4年時点で石室に人が住んでいたそうです。

 

楽しい講演を聴いて念願の「辛もつやきそば」を食す

 

 さて、会場の国立女性教育会館に到着です。

 

国立女性教育会館講堂

写真7 国立女性教育会館講堂

 

 楽しみですな!

 

国立女性教育会館講堂

写真8 国立女性教育会館講堂

 

 中に入ると、何とロビーでは私が好きな岩田書院や戎光祥出版などの出版社が一堂に会してブースを出し、歴史本の即売会をやっているじゃないですか!

 

 しかも2割引きで売っているブースもあります。

 

 ひえー。

 

 私が読むようなマニアックな本は平気で1万円とかするのですが、そういう本がたくさん並んでいます。

 

 あまりにも凄まじい光景で直視できません。

 

 それでもどうしても欲しい本があったので(多摩地域のどこの図書館にも置いていない)、「宵越しの銭は持たない」をポリシーにしている私は、後先考えずに1冊買ってしまいました。

 

 私は「一人出版社」の岩田書院を心から応援している人間ですので、岩田社長にご挨拶ができたのがとても嬉しかったです。

 

 さて、本日のシンポジウムのメニューは、

 

  • 基調講演 「享徳の乱と太田道灌」 山田邦明氏
  • 報告1 「15世紀後半の下野大名と国衆」 江田郁夫氏
  • 報告2 「戦国時代の河越城とその周辺 〜「かわらけ」から考える戦国時代へ〜」 田中信氏
  • 報告3 「戦国時代の岩付城とその周辺」 青木文彦氏
  • 討論 パネリストは上記の4名 コーディネーターは長塚孝氏と渡政知氏

 

 です。

 

 歴史好きなら分かる通り、豪華メンバーですね。

 

 講演は10時から16時までやったのですが、途中昼休みには、前回嵐山に来た時からずっと食べたかった、嵐山のB級グルメ「辛もつやきそば」を食べに小走りでここに来る途中にあった「五月」に急行しました。

 

ラーメン・餃子 五月

写真7 ラーメン・餃子 五月

 

 そして入店するなり、血相を変えて「辛もつやきそば」を注文します。

 

 おー、来た来た!

 

辛もつやきそば

写真8 辛もつやきそば

 

 いいねえ。

 

 写真ではあまり写っていませんが、麺の中にはもつがゴロゴロ入っていますよ。

 

 辛もつだけの単品メニューもあったので、ビールに最高でしょうね。

 

 さて、会場に戻り午後の部を聞き、最後は会場にいらっしゃった峰岸純夫さんが〆の言葉を述べられました。

 

 本日のテーマに含まれている「享徳の乱」という言葉は峰岸さんが名付け親です。

 

 峰岸さんは83歳ですが、今日の講演を聴いてかなり刺激を受けたので新作の執筆のモチベーションがアップした旨のことをおっしゃっていました。

 

 今日は600人くらい聴衆が集まったのですが、会場では「NPO法人 滝山城跡群・自然と歴史を守る会」の高橋さんや、先日の八王子城跡めぐりに参加していただいたKさん(講演会の情報などを教えていただけるのでありがたいです)、それに後北条氏研究で著名なA先生(鉢形城の講演のときに一度お話しさせていただいています)などとお会いでき、なんか2時間かけてやってきた土地で、知っている方々とお会いできて嬉しかったです。

 

 今日も充実した一日でした。

 

【参考資料】

  • 現地説明板
  • 『埼玉の古墳 比企・秩父』 塩野博/著 2004年
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