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妻恋神社

最終更新日:2016年12月21日

 

妻恋神社概要

 

ふりがな つまこいじんじゃ
通称
住所 東京都文京区湯島3-2-6

祭神
  • 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
  • 日本武尊(やまとたけるのみこと)
  • 弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)
境内神社 妻恋稲荷
創建 不詳
創建者 不詳
史跡・文化財指定
公式サイト http://www.tsumakoi.jp/

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2011年9月29日(木)
天候 晴れ
探訪ルート 三崎稲荷神社 → 太田姫稲荷神社 → 真徳稲荷神社 → 柳森神社 → 神田明神 → 妻恋神社 → 湯島天神 → 本郷城 → 境稲荷神社 → 五條天神社 → 摺鉢山古墳 → 下谷神社
同道者 なし

 

 

 神田明神を出た後、神田明神のすぐ北側に位置する妻恋(つまこい)神社にやってきました。

 

妻恋神社鳥居

写真1 妻恋神社鳥居

 

 神社の向かいにはラヴホテルがあり、大学生くらいの若い男女が、ちょうど手をつないで入っていくところでした。

 

 まだ、お昼の12時ですよ!

 

妻恋神社社殿

写真2 妻恋神社社殿

 

 昔、東征に出たヤマトタケル一行は、横須賀の走水から房総半島へ渡ろうとしました。

 

 しかし、海は大しけになり一行は進退極ります。

 

 そのとき、ヤマトタケルに同道していた妃のオトタチバナ媛は、海神の怒りを静めるために驚くべき行動に出ました。

 

 身をひるがえして海に飛び込んだのです。

 

 そのお陰で海の荒れは収まり、ヤマトタケル一行は無事に房総半島に渡ることができました。

 

 妻恋神社は、そのオトタチバナ媛とヤマトタケルを祀る神社です。

 

 妻恋神社は、嵯峨天皇の御宇(大同4年(809)〜弘仁14年(823))、勅命により関東惣社に列せられ正一位を賜り、関東総司妻恋大明神と尊崇されました。

 

 現在地には霊山寺が移転した跡地に明暦3年(1657)に遷ってきました。

 

妻恋神社拝殿と本殿覆屋

写真3 妻恋神社拝殿と本殿覆屋

 

 『日本武尊の東征伝説』によると、妻恋神社は最初は天神町にあったといいますが、天神町というのが今はもう消滅してしまった湯島天神町のことであるのなら、現在地より少し北に行った坂の上にあったということでしょうか。

 

 なお、古代には東京湾(という名前はありませんが)は、このあたりまで食い込んでおり、ヤマトタケルはオトタチバナ媛が入水した走水の海を方を見て、媛を偲んだといいます。

 

 それで妻恋神社という名前になったというわけです。

 

 妻恋神社は、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)を祀っているはずなのですが、境内には妻恋稲荷という神社があります。

 

妻恋稲荷

写真4 妻恋稲荷

 

 妻恋「神社」の方は、ヤマトタケルとオトタチバナ媛を祀って、妻恋「稲荷」の方に、ウカノミタマを祀っているのでしょうか?

 

 よく分かりませんが、次はもう少し北へ進み、湯島天神を目指してみましょう。

 

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神田明神

妻恋神社

湯島天神

 

【参考資料】

  • 現地説明板
  • 『東京都神社名鑑 上巻』 東京都神社庁/編 1986年
  • 『日本武尊の東征伝説』 広瀬正四郎/著
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