◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

椙森神社

最終更新日:2016年12月21日

 

椙森神社概要

 

ふりがな すぎのもりじんじゃ
別名
住所 東京都中央区日本橋堀留町1-10-2

創建 承平元年(931)頃
創建者 不詳
史跡・文化財指定
祭神
  • 倉稲魂大神(うかのみたまのおおかみ)
  • 素盞鳴大神(すさのおのおおかみ)
  • 大市姫大神(おおいちひめのおおかみ)
  • 大己貴大神(おおなむちのおおかみ)
  • 五十猛神(いたけるのかみ)
  • 抓津姫神(つまつひめのかみ)
  • 大屋姫神(おおやひめのかみ)
  • 事八十神(ことやそのかみ)
相殿
  • 恵比寿大神(えびすおおかみ)
公式サイト

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2011年8月29日(月)
天候 晴れ
探訪ルート 将門塚 → 江戸城常盤橋門 → 常盤稲荷神社 → 椙森神社 → 鎧橋 → 兜神社 → 鐵砲洲稲荷神社
同道者 なし

 

 常盤稲荷神社を出て、街中を縫って北東方向に進みます。

 

 この辺の地形は、まったく起伏がない!

 

 江戸時代以前の神田山の範囲なのか(神田山は江戸時代に切り崩されました)、それとも山の南側の海岸の砂州部分だったのかは判断できませんが、とにかくこの起伏のなさは、さすが中央区です。

 

藤原秀郷が戦勝を祈願した古社

 

 久しぶりの歩きなので、足を痛めないようにゆっくり歩いていると、白い鳥居が見えてきました。

 

 椙森(すぎのもり)神社です。

 

椙森神社鳥居

写真1 椙森神社鳥居

 

 鳥居をくぐって社地に入ります。

 

椙森神社社殿

写真2 椙森神社社殿

 

 椙森神社は、承平元年(931)頃の創建で、平将門の乱(939〜940)を鎮定するために藤原秀郷が戦勝祈願をした神社です。

 

 無事に将門を討ち果たした秀郷は、椙森神社に白銀の狐像を奉納しています。

 

 時は下って室町時代の元文元年(1466)、太田道灌が雨乞い祈願のため京都の伏見稲荷神社の伍社を勧請しました。

 

 江戸時代には、烏森神社、柳森神社とともに「三森」といわれ、江戸庶民の信仰を集めていました。

 

 さて、椙森神社に戦勝祈願をして平貞盛とともに将門を討ち滅ぼした藤原秀郷は、藤原北家の祖房前の五男魚名の末裔です。

 

 秀郷の曽祖父藤成は下野国(栃木県)の大介職に任じられ、その子豊沢は同じく下野の少掾で押領使(おうりょうし)に補され、二代続けて下野の有力者鳥取氏の女を妻としています。

 

 押領使というのは国の軍事を司る官職で、地元の有力者が任命されることが多いです。

 

 豊沢の子が大掾村雄で、その子が秀郷です。

 

 ここまで、大介職とか少掾とか大掾とか出てきましたが、それらは地方の国の幹部である国司のことで、国司は偉い順に、守(かみ)、介(すけ)、掾(じょう)、目(さかん)の階級があります。

 

 それにさらに大とか少とかが付いているわけですね。

 

 つまり秀郷の家系は代々下野の国司に任じられており、下野の有力な家であったわけです。

 

 さて、そのようないわば地方のサラブレッドのような秀郷でしたが、実は将門の叛乱を鎮める前に前科がありました。

 

 それは延喜16年(916)のことですが、何かしらの罪を得て配流の決定が下されていたのです。

 

 秀郷がどのような罪を犯したのかは分かりませんが、下野で勢力を広げ、反国家的な動きを見せていたのでしょう。

 

 その頃の関東地方西部には「僦馬の党(しゅうばのとう)」というのが跳梁していました。

 

 僦馬の党というのは表の顔は運送業者ですが、裏の顔は盗賊という者どもで、中央も取り締まりに苦慮しています。

 

 そういった怪しい人々と秀郷が結託していた可能性もあります。

 

 結局、秀郷は逮捕されず、延長7年(929)にも再度犯行に及んでいます。

 

 そのときは近隣諸国から兵士が動員されるという有様だったので、下野にかなりの争乱が起きたものと思われますが、詳しい記録は残っていません。

 

 まさしく野口実氏が『伝説の将軍 藤原秀郷』で述べているように、場合によっては、平将門の乱よりも前に、「藤原秀郷の乱」が起きる可能性もあったわけですね。

 

 しかし、このときも結局秀郷は逮捕されず、そのままなし崩し的に平将門の乱へと時代は流れていくことになります。

 

 なお、『日本書紀』によると、椙森神社の祭神の五十猛神と抓津姫神と大屋姫神(大屋津姫ともいう)は同じく祭神になっているスサノオの子らで、スサノオの命により日本国中に木種を撒いて歩いた神とされています。

 

 椙森神社の次は鎧橋です。

 

【参考資料】

  • 現地説明板
  • 『東京都神社名鑑 上巻』 東京都神社庁/編 1986年
  • 『伝説の将軍 藤原秀郷』 野口実/著 2001年

 

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