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武蔵国府について知りたければまずはここへ!ふるさと府中歴史館

最終更新日:2016年9月8日

 

ふるさと府中歴史館概要

 

ふりがな ふるさとふちゅうれきしかん
住所 東京都府中市宮町3-1

公式サイト https://www.city.fuchu.tokyo.jp/shisetu/komyunite/gekijo/hurusatorekisikann.html

 

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第1回 探訪記録

 

探訪データ

 

探訪年月日 2012年3月7日(火)
天候 曇り
探訪ルート 【2月28日】 馬場大門のケヤキ並木 → 多磨寺跡 → 大國魂神社
【3月7日】 武蔵国府八幡宮 → 武蔵国府跡 → ふるさと府中歴史館 → 称名寺
【3月30日】 高安寺 → 国鉄下河原線廃線跡 → 坪の宮 → 三千人塚 → 分倍河原古戦場跡 → 高倉塚古墳 → 天王塚古墳 → 首塚 → 高倉20号墳 → 延文之板碑出土之地 → 御嶽塚 → 武蔵府中熊野神社古墳 → 武蔵府中熊野神社古墳展示館

 

武蔵国府に関する大量の資料が読める

 

 国府の中枢である国衙の遺跡を訪れた後は、国府に関する展示が豊富という「ふるさと府中歴史館」を見学してみます。
 ふるさと府中歴史館は、大國魂神社の境内に隣接しているので、今日も大國魂神社をチョロッと見てみましょう。

 

大國魂神社随神門

写真1 大國魂神社随神門

 

 旧甲州街道へ向けて参道がまっすぐ伸びています。

 

大國魂神社参道

写真2 大國魂神社参道

 

 季節がら、梅が咲いていてもいいのになあと思って境内を見渡すと、ピンク色が目に飛び込んできました。

 

 しかも、面白いことに柑橘系の木とのコラボです。

 

 ピンクと緑、それにオレンジが妙に良い感じです。

 

樹

写真3 樹

 

 できるだけ近づいてみる。

 

樹

写真4 樹

 

 今日も本殿裏の巨木を見てみます。

 

巨木

写真5 巨木

 

 木は写すのが難しい。

 

 さてそういうわけで、いよいよ「ふるさと府中歴史館」に行ってみましょう。

 

ふるさと府中歴史館

写真6 ふるさと府中歴史館

 

 実は前回来たときに、神社側の入口が工事中だったので休業中だと思ったのですが、そのあと府中市に電話で聴いてみたところ、工事中は神社側の入口だけで、西側にも入口があり通常通りやっているとのことでした。

 

 なんだー、ということで、今日は行ってみます。

 

 1階は、武蔵国府に関する展示コーナーがあり、武蔵国府で出土した、磚(せん。レンガのようなもの)、瓦、土器、陶器などを展示しています。

 

 前回の探訪で多磨寺跡を訪れましたが、「多磨寺」の名がある瓦も展示しています。

 

 2階には、武蔵国府の発掘調査報告書などがあり、コピー機も置いてあって資料をコピーすることができます。

 

 私も高安寺に関する資料を一冊、チョロッとコピりました。

 

 しかし、さすが武蔵国府は千数百回も発掘調査をしているだけあって、発掘調査報告書の数は膨大です。

 

 全部目を通すのは相当大変です。

 

 3階もあって、国府の資料があるようですが、ドアには鍵が閉まっています。

 

 「ふるさと府中歴史館」の見学を終えた後は、本日の最後として10世紀の源経基の居館跡と伝わる称名寺を訪れてみます。

 

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武蔵国府跡

ふるさと府中歴史館

源経基館および称名寺

 

 

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