東京競馬場へのアクセス手段として活躍した国鉄下河原線

最終更新日:2016年9月9日

 

下河原線概要
ふりがな しもがわらせん
開業 明治43年(1910)
廃業 昭和51年(1976)
住所 東京都府中市 下河原緑道

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2012年3月30日(金)
天候 曇り
探訪ルート 【2月28日】 馬場大門のケヤキ並木 → 多磨寺跡 → 大國魂神社
【3月7日】 武蔵国府八幡宮 → 武蔵国府跡 → ふるさと府中歴史館 → 称名寺
【3月30日】 高安寺 → 国鉄下河原線廃線跡 → 坪の宮 → 三千人塚 → 分倍河原古戦場跡 → 高倉塚古墳 → 天王塚古墳 → 首塚 → 高倉20号墳 → 延文之板碑出土之地 → 御嶽塚 → 武蔵府中熊野神社古墳 → 武蔵府中熊野神社古墳展示館

 

古代から近代までの歴史が息づく坂道

 

 高安寺の三門を出て東に向かい、坪の宮を目指します。

 

 ところが坪の宮に到達する前に廃線跡のような怪しい道を発見!

 

旧甲州街道から南側の下河原緑道を見る

写真1 旧甲州街道から南側の下河原緑道を見る

 

 説明板によると、昔、国鉄の下河原線というのが走っていたそうです。

 

 開業は明治43年(1910)で、当初は多摩川の砂利を運搬するために敷設され、その後、昭和9年(1934)からは、東京競馬場の旅客輸送を始めました。

 

 そして、昭和48年(1973)に武蔵野線の府中本町〜新松戸間が開通すると、競馬場へは武蔵野線で行けるようになったため、旅客輸送が中止とされ、その3年後には全線廃止となりました。

 

 私は廃線跡に特化した歴史めぐりをしたことはないですが、元々鉄道好きですので、こうやって廃線跡に出くわすと嬉しいです。

 

 おっと、もう一つ説明板が。

 

 上の写真でも何となく雰囲気が分かると思いますが、写真奥(南側)には多摩川があるので、ハケを降りるために下り坂になっています。

 

 説明板によると、この坂には「鹿島坂」という名前が付いています。

 

 大國魂神社(おおくにたまじんじゃ)の5月の例大祭には、「国造代奉幣式(くにのみやつこ/こくぞうだいほうべいしき)」という古式があって、国造代(奉幣使)が神馬に乗って、坪の宮(この後訪れます)に赴き、神輿渡御の完了を告げたあと、写真の向こう側から鹿島坂を登ってきて甲州街道に出たらそこから東上、御旅所へ参向して奉幣を行うということです。

 

 そしてこの式は、古く社家の鹿島田家がその役を担っていたため、鹿島田坂が縮まって鹿島坂になりました。

 

 では、次はいよいよ坪の宮に参拝です。

 

【参考資料】

  • 現地説明板

 

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国鉄下河原線廃線跡

坪の宮

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