武蔵府中熊野神社古墳展示館

最終更新日:2015年5月15日

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2012年3月30日(金)
天候 曇り
探訪ルート 高安寺 → 国鉄下河原線廃線跡 → 坪の宮 → 三千人塚 → 分倍河原古戦場跡 → 高倉塚古墳 → 天王塚古墳および八雲神社 → 浅間神社(美好町3-42) → 首塚 → 高倉20号墳 → 延文之板碑出土之地 → 御嶽塚 → 武蔵府中熊野神社古墳 → 武蔵府中熊野神社古墳展示館
同道者 なし

 

 

 こんな立派な施設を建てるとは、さすが府中市です(いや、国史跡なので国も関与しているのかな?)。

 

 

 中は施設名のとおり、武蔵府中熊野神社古墳に関する展示があるのですが、ここの目玉は、施設の敷地内に別棟である、復元された石室です。

 

 そこに係りの方の案内で、ヘルメットを被り、入れさせてもらいました。

 

 入口は結構狭い。

 

 頭をぶつける人が多いとのことです。

 

 発掘時、石室は一部が崩落していたとのことで、崩落個所が分かるように、石の色を変えて復元してあります。

 

 石室は羨道を通って入ると、前室、後室、そして棺を納める玄室という3室構造になっており、全長は8.7メートルです。

 

 石室の壁面の石は、「切石切組積」といって石の角をL字型に切って、それをうまく組み合わせて組み立てられており、飛鳥時代の古墳の石室の特徴であります。

 

 玄室は高さが3メートルあって、我々大人二人が入っても十分広く感じます。

 

 発掘時、石室内はすでに盗掘されていて、ほとんど何も残っていなかったのですが、七曜紋が銀象眼された鞘尻金具(太刀の鞘の先端部分の金具)が見つかっています(展示館に複製品が展示しており、展示館のシンボルマークにもなっています)。

 

 明治17年(1884)発行の『武蔵野叢誌』によると、二個の人骨と落ち武者の甲冑のようなものがあったと記されています。

 

 武蔵府中熊野神社古墳展示館に来たら、是非こちらの復元石室も見学することをお勧めします。

 

 

 ところで、係りの方から聞いたのですが、本日の探訪で高倉古墳群の四つ目とした古墳は、高倉20号古墳という名称で、三つめ(お稲荷さんがあったところ)は「首塚」と呼ばれていることが分かりました。

 

 首塚!

 

 何かいわれがあると思いますが、残念ながら係りの方も由緒は知らないということです。

 

 ただ、昔はあのあたり一帯は畑で、その中で塚がかなり目立っていたとのことです。

 

 係りの方からは、古墳に関することから、府中の郷土史まで色々な楽しい話しをお伺いすることができました。

 

 気づいたら、1時間以上立ち話をしていました。

 

 ところで、武蔵府中熊野神社古墳の築造時期は、7世紀中ごろと考えられています。

 

 その頃の日本の歴史の大事件といったら、645年の大化改新ですね。

 

 専制的な蘇我氏の政権を中大兄皇子(なかのおおえのみこ)や中臣鎌子連(なかとみのかまこむらじ。鎌足)らが打倒し、そのあとに一連の新たな政策が続きました。

 

 その中で東国に国司を派遣したというのがあります。

 

 国司といってもその後の律令国家建設で現れる国司とは違って、ある一定の地域を順繰りめぐって中央の政策を伝えていた、律令国家の国司の前身である「宰(みこともち)」と考えられており、それがここ多摩地域にも来た可能性があります。

 

 武蔵府中熊野神社古墳の被葬者は、ちょうどそのころ葬られたというわけです。

 

 7世紀中ごろにはすでに全国的には前方後円墳の築造が終わっているのですが、これだけの大きな古墳を築くことができた、多摩の有力者とはどんな人物だったのか。

 

 そしてなぜ、円墳や方墳でなく、上円下方墳なのか。

 

 まさしく、ロマン、ロマンであります。

 

 それから約半世紀後の8世紀初頭には、全国を「国」という行政区画に区切ったことが本格的に制度化されて、国に中央から国司(地方行政の幹部)が派遣されてきます。

 

 なお、その国司のトップである「守(かみ)」ですが、武蔵守の初見は大宝3年(703)の、引田臣朝臣祖父(ひけたのおみあそんおおじ)です。

 

 武蔵府中熊野神社古墳は、国造(くにのみやつこ)による地方行政が終わり、国司に移り変わるという、時代の変革期に築造されたことになります。

 

 それにしても、繰り返しますが、7世紀中ごろにこれだけ立派な上円下方墳を築くことができた、多摩の有力者とはいったいどんな人物だったのか、本当に興味が尽きないです。

 

 さて、時刻は13時すぎ。

 

 本日もとても楽しい歴史探訪でした。

 

 ここ何回かでご紹介した通り、府中市内には歴史スポットがたくさんありますし、まだ訪れていないところもあるので、また探訪してみたいと思います。

 

【参考資料】

  • 現地説明板

 

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