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刀匠武蔵太郎安國鍛刀之地

最終更新日:2015年7月20日

 

前回の記事はこちら

 

 出羽山を出て、再び自転車にまたがり走りだします。

 

 中央自動車道にぶつかったところで左折、梶原八幡神社を目指しましょう。

 

 

探訪データ
探訪年月日 2009年11月8日(日)
天候 曇り
探訪ルート 船田石器時代遺跡 → 船田古墳 → 石平道人(鈴木正三)墓 → 出羽山 → 刀匠武蔵太郎安國鍛刀之地 → 梶原館および梶原八幡

 

刀匠武蔵太郎安國鍛刀之地
ふりがな とうしょうむさしたろうやすくにたんとうのち
住所 東京都八王子市元八王子町

史跡指定 八王子市指定史跡?
現況 標柱のみ

 

突然立派な標柱が

 

 何気なく路地を走っていると、急に目の前に巨大な石碑が現れました。

 

 「市史跡刀匠武蔵太郎安國鍛刀之地」と彫ってあります。

 

市史跡刀匠武蔵太郎安國鍛刀之地

写真1 市史跡刀匠武蔵太郎安國鍛刀之地

 

 なんだろう、良く分からないな。

 

 武蔵太郎安國ってきっと有名な人なんだろう。

 

 『武蔵野歴史地理』によると、この辺りは俗に鍛冶屋村と呼ばれ、恩方下原の刀鍛冶・山本周重(戦国時代後半の人物)の子孫・広重が寛永の頃にこの地に居住していました。

 

 広重には半十郎と金左衛門という子がおり、彼らは水戸光圀のために槍を鋳て、その後兄半十郎は相模守宗国、弟金左衛門は武蔵太郎安国と名乗ります。

 

 安国の子孫武蔵太郎某は、8代将軍吉宗に召され、江戸村浜御殿で刀を鍛えました。

 

 なお、2015年7月20日現在、八王子市のホームページを見てみると、市指定史跡の一覧の中に「刀匠武蔵太郎安國鍛刀之地」はありません。

 

 「武蔵太郎安國墓」はありますが、これはどういうことでしょうか。

 

 もしかして市史跡から都史跡に変わったのかな?と思いましたが、都史跡にもありません。

 

 この件についてご存じの方がいましたらぜひご連絡ください。

 

 100円自販機があったので水分補給を済ませると、本来の目的地である梶原八幡を目指します。

 

 

 

つづきの記事はこちら

 

 

【参考資料】

  • 『武蔵野歴史地理 第五冊』 高橋源一郎/著 有峰書店 1972年(原著は昭和3年<1928>)
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