武田信玄愛娘松姫が純愛を貫いた末に開いた寺・信松院

最終更新日:2016年1月27日

 

 大久保長安陣屋を出て、踏切を越えて信松院を目指します。

 

信松院諸元

 

ふりがな しんしょういん
住所 東京都八王子市台町3-18-28

山号・院号 金龍山
宗派 曹洞宗
創建 天正18年(1590)
開山者・開基者 開山:随翁舜悦卜山(心源院6世)
開基:信松尼(武田信玄四女松姫)
本尊
史跡指定 松姫墓
公式サイト http://shinshouin.or.jp/

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2009年11月10日(火)
天候 曇り
探訪ルート 八幡八雲神社 → 横山党根拠地および横山神社 → 大久保石見守長安陣屋跡 → 信松院および松姫尼公墓 → 八王子市郷土資料館

 

純愛を貫いた松姫が開いた寺

 

 市民会館の通りと「松姫通」が交差するとろこに信松院はあります。

 

信松院山門

写真1 信松院山門

 

 門扉には武田菱の家紋が!

 

武田菱の家紋

写真2 武田菱の家紋

 

 信松院の開基は、武田信玄の四女松姫で、母は兄仁科五郎盛信と同じ油川氏です。

 

 父信玄が在世中、織田信長は信玄を恐れており、嫡男信忠と松姫との婚約を取り交わしましたが、天正10年(1582)にその織田家によって武田家は滅亡、松姫は八王子に逃れてきます。

 

 そしてその直後、本能寺の変で信忠が信長と同時に討たれてしまい、ついに二人は一度も会うことができませんでした。

 

 八王子に逃れてきた松姫は、市内下恩方の曹洞宗心源院の卜山禅師のもとで出家し、小田原北条氏が滅亡した後、現在の場所に信松院を開基します。

 

信松院本堂

写真3 信松院本堂

 

 本堂はまるで竜宮城のようなきらびやかな建物ですが、個人的な松姫のイメージは派手な女の子というより清楚な感じなので、ちょっとイメージが違ってビックリしました。

 

 松姫の墓は市の指定史跡になっています。

 

写真4 信松尼墓

 

 尼となった松姫は、元和2年(1616)4月16日、56歳で没しました。

 

 奇しくも家康の死とほぼ同時。

 

 しかしまあ、武田信玄の娘が我が家の近くで眠っていると考えると、なんだか感慨深いものがあるなあ。

 

 ここにも武田菱!

 

写真5 ここにも武田菱

 

 さて、信松院を訪れた後は、郷土資料館に行ってみましょう。

 

 

 

つづきの記事はこちら

 

 

【参考資料】

 

 

 

 

 

 

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