◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

境稲荷神社

最終更新日:2016年12月21日

 

境稲荷神社概要

 

ふりがな さかいいなりじんじゃ
通称
住所 東京都台東区池之端1-6-13

祭神
  • 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
相殿
  • 宝剣稲荷大神(ほうけんいなりのおおかみ)
創建 文明年間(1469〜87)
創建者 足利義尚
史跡・文化財指定
公式サイト

 

スポンサードリンク


第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2011年9月29日(木)
天候 晴れ
探訪ルート 三崎稲荷神社 → 太田姫稲荷神社 → 真徳稲荷神社 → 柳森神社 → 神田明神 → 妻恋神社 → 湯島天神 → 本郷城 → 境稲荷神社 → 五條天神社 → 摺鉢山古墳 → 下谷神社
同道者 なし

 

 

 本郷城跡と伝わる東大の東側の出口から出て、この辺に境稲荷神社があるはずだと思い探してみると、赤い鳥居が見えました。

 

境稲荷神社鳥居

写真1 境稲荷神社鳥居

 

 境稲荷神社です。

 

境稲荷神社社殿

写真2 境稲荷神社社殿

 

 境稲荷神社は、文明年間(1469〜87)に室町将軍家第9代足利義尚が創始したと伝えられ、忍ヶ岡と向ヶ岡の境に鎮座することから境稲荷と称されたといいます。

 

 私が調べた限りでは、東京都23区内で足利将軍家が創始したと伝わる神社はここだけです。

 

 なぜ足利将軍家が台東区に神社を創ったのか?

 

 文明年間というと、文明10年(1478)に太田道灌が日枝神社を江戸城内の梅林坂に遷し、平河天満宮の前身である菅丞相祠堂がやはり、梅林坂に祀られました。

 

 道灌はその8年後に主君である扇谷上杉定正に謀殺されますが、やはり文明年間に江戸城近くに神社を創建したというのは、道灌が関わっていた可能性が高く、そうすると道灌と将軍義尚との間に何かがあったような気がします。

 

 その「何か」とは何か?

 

 今はまだ分かりません。

 

 それでは次は、不忍池の反対岸の五條天神社を目指しましょう。

 

【参考資料】

  • 現地説明板
  • 『東京都神社名鑑 上巻』 東京都神社庁/編 1986年

 

<< 戻る

現在地

進む >>

本郷城

境稲荷神社

五條天神社

スポンサードリンク



 

ご意見・ご感想は、稲用章

inayouアットマークa.email.ne.jp

までお願いします。