◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

五條天神社

最終更新日:2016年12月21日

 

五條天神社概要

 

ふりがな ごじょうてんじんしゃ
通称
住所 東京都台東区上野公園4-17

祭神
  • 大己貴命(おおむなちのみこと)
  • 少彦名命(すくなひこなのみこと)
相殿
  • 菅原道真命(すがわらのみちざねのみこと)
創建 4世紀前半か
創建者 日本武尊
史跡・文化財指定
公式サイト

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2011年9月29日(木)
天候 晴れ
探訪ルート 三崎稲荷神社 → 太田姫稲荷神社 → 真徳稲荷神社 → 柳森神社 → 神田明神 → 妻恋神社 → 湯島天神 → 本郷城 → 境稲荷神社 → 五條天神社 → 摺鉢山古墳 → 下谷神社
同道者 なし

 

 

 境稲荷神社を出て、不忍池(しのばずのいけ)にやってきました。

 

 おっと、正確には池は東西に区切られており、こちら側(西側)はボート池と呼ばれているようです。

 

 ここからもスカイツリーが見えます。

 

不忍池(ボート池)

写真1 不忍池(ボート池)

 

不忍池(ボート池)

写真2 不忍池(ボート池)

 

 ベンチに腰を下ろして休んでいると、目の前に「白い鳥」が飛来しました。

 

「白い鳥」

写真3 「白い鳥」

 

 これから訪れる五條天神社は、日本武尊(ヤマトタケル)ゆかりの神社。

 

 そしてヤマトタケルは死後、白鳥になって飛び立ったと伝わっています。

 

 「白い鳥」は白鳥ではありませんが、私に何かを伝えに来たのかもしれません。

 

写真4 

 

写真5 

 

 さて、不忍池の反対岸に行きます。

 

 五條天神社の参道がありました。

 

五條天神社参道入口

写真6 五條天神社参道入口

 

五條天神社参道入口

写真7 五條天神社参道入口

 

 緑に囲まれた雰囲気のいい鳥居ですね。

 

五條天神社鳥居

写真8 五條天神社鳥居

 

 境内に入ると、正面に社殿がありました。

 

五條天神社社殿

写真9 五條天神社社殿

 

 五條天神社は、ヤマトタケルが東征のおり、上野忍ヶ岡を通った際、薬祖神二柱の大神に難儀を救われたことを感謝し、両神を祀ったのが始まりです。

 

 もとは天神山(摺鉢山)にありましたが、寛永寺が創建されるにあたって一時神職の家に遷り、その後昭和3年に現在地に遷りました。

 

 祭神のオオナムチは古代出雲の王・大国主(オオクニヌシ)のことで、結構メジャーな神様なのでいろいろな神社に祀られていますが、考えてみれば、出雲の国(島根県)の神様がなぜ東京にいるのか?と疑問に思われると思います。

 

 それは古代、出雲にゆかりのある伊狭知直(いさちのあたい)という人が、胸刺国造(むさしのくにのみやっこ)という今でいう知事みたいな役職について東京にやってきており、その折に自分のゆかりの地である出雲の神を祀ったものであると一見思われますが、伊狭知直の赴任はヤマトタケルが活躍した年代より後になります。

 

 ヤマトタケルが五條天神社を創建した際に祀ったといわれる薬祖神二柱とは、現在も祭神となっているオオナムチとスクナヒコナであるので、ヤマトタケルは出雲の神を祀ったということになります。

 

 すでにヤマトタケルの時代(4世紀前半か)、ヤマト朝廷の人々は、出雲の神を各地に祀る風習を持っていたわけです。

 

 ヤマトタケルとオオナムチとの関係や、これもまた出雲の神であるスサノオとの関係なども今後探究していきたいテーマです。

 

 なお、菅原道真が相殿に祀られたのは寛永18年(1641)のことです。

 

 花園稲荷神社。

 

花園稲荷神社

写真10 花園稲荷神社

 

 さて、次は摺鉢山古墳を見に行きましょう。

 

【参考資料】

  • 現地説明板
  • 『東京都神社名鑑 上巻』 東京都神社庁/編 1986年

 

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