◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

下谷神社

最終更新日:2016年12月21日

 

下谷神社概要

 

ふりがな したやじんじゃ
通称
住所 東京都台東区東上野3-29

祭神
  • 大年神(おおとしのかみ)
  • 日本武尊(やまとたけるのみこと)
境内神社
  • 隆栄稲荷神社
創建 天平2年(730)
創建者 峡田稲置ら
史跡・文化財指定
公式サイト

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2011年9月29日(木)
天候 晴れ
探訪ルート 三崎稲荷神社 → 太田姫稲荷神社 → 真徳稲荷神社 → 柳森神社 → 神田明神 → 妻恋神社 → 湯島天神 → 本郷城 → 境稲荷神社 → 五條天神社 → 摺鉢山古墳 → 下谷神社
同道者 なし

 

 

 上野公園の中にある摺鉢山古墳を見た後は、上野公園を出て、ガード下をくぐり、浅草通りを東に向かいます。

 

 そろそろ足の調子が限界に来ていますが、最後にもう一箇所参拝したい神社があります。

 

 下谷(したや)神社(下谷稲荷)です。

 

 浅草通りに面して大きめの赤い鳥居が立っていました。

 

下谷神社一の鳥居

写真1 下谷神社一の鳥居

 

 鳥居をくぐって路地に入るともう一つ鳥居がありました。

 

下谷神社二の鳥居

写真2 下谷神社二の鳥居

 

 都心部で一の鳥居と二の鳥居がある神社は少数派ですね。

 

 それだけ下谷神社は大きな神社ということでしょうか。

 

下谷神社社殿

写真3 下谷神社社殿

 

 下谷神社は、天平2年(730)、峡田稲置(はけたのいなぎ)らが、大年神と日本武尊を上野忍ヶ岡の地に奉斉したのが始まりです。

 

 峡田稲置という人物がどんな人物であったかは今のところ分かりません。

 

 寛永4年(1627)に寛永寺が建立されると忍ヶ岡の下に遷り、さらにその後、現在地に遷りました。

 

 祭神の一柱であるオオトシは、スサノオの五男・饒速日(ニギハヤヒ)のことで大物主(オオモノヌシ)とも同一人物だといわれています。

 

 ニギハヤヒは物部氏の先祖であり、神武天皇がヤマト(奈良県)に入部するより前に、ヤマトとその周辺を治めていた王です。

 

 なぜ、そんな人物が上野に祀られているのか?

 

 これも今後解明していきたい謎です。

 

 下谷神社には境内社として隆栄稲荷神社があります。

 

隆栄稲荷神社

写真4 隆栄稲荷神社

 

隆栄稲荷神社

写真5 隆栄稲荷神社

 

 私にとっては残念なことに、下谷神社も先日訪れた平河天満宮同様、喫煙所になっていました。

 

 なので、長居できないですが、それはそれとして、もうそろそろ歩くのが限界になってきました。

 

 上野駅まで歩いて戻る余力が無いので、下谷神社のすぐ近くの銀座線の稲荷町駅に入ります。

 

 東京メトロ(私は旧名の帝都高速度交通営団の方が好き)銀座線は、日本で最古の地下鉄だけあって、地下のとても浅いところを走っています。

 

 入口から少し階段を下っただけで改札と乗り場があります。

 

 非常に乗りやすいのでとても良い印象を受けますが、通路の天井は低く、窮屈な感じがします。

 

 というわけで、電車を乗り継ぎ高尾まで戻り、本日の都心史跡探訪も終了となりました。

 

 現在のところ、まだ一日のなかで歩ける時間が少ないですが、これから少しずつ増やして行きたいと思います。

 

【参考資料】

  • 現地説明板
  • 『東京都神社名鑑 上巻』 東京都神社庁/編

 

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摺鉢山古墳

下谷神社

【12月7日】
銀杏岡八幡神社

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