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浅草寺

最終更新日:2016年12月21日

 

浅草寺概要

 

ふりがな せんそうじ
通称
住所 東京都台東区浅草2-3-1

本尊

聖観世音菩薩像

創建 推古天皇36年(628)
創建者 檜前浜成・武成兄弟、土師真中知(土師直中知)
史跡・文化財指定
公式サイト

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2011年12月7日(水)
天候 晴れ
探訪ルート 銀杏岡八幡神社 → 須賀神社 → 榊神社 → 鳥越神社 → 三島神社 → 黒船稲荷神社 → 駒形堂 → 浅草寺 → 浅草神社 → 日輪寺
同道者 なし

 

 

 駒形堂を出て、雷門に来ました。

 

雷門

写真1 雷門

 

 いやー、凄い人だ。

 

雷門

写真2 雷門

 

 仲見世に入ると、平日だというのに、これまた凄い人でした。

 

仲見世

写真3 仲見世

 

 なぜか中国人が多い。

 

 しかも、高いカメラを持っていたりする。

 

 向こうの富裕層でしょうか。

 

 宝蔵門が見えてきました。

 

宝蔵門

写真4 宝蔵門

 

宝蔵門

写真5 宝蔵門

 

 宝蔵門は、浅草寺のホームページによると、安房守だった平公雅(たいらのきんまさ)が武蔵守に補任された天慶5年(942)に、その祈願成就の御礼として建立されたといいます。

 

 平将門の乱の鎮定の後ですね。

 

 平公雅はさきほど行った、駒形堂を建立した人物です。

 

 それにしても、何でこんなに浅草寺は観光客に人気なんでしょうか。

 

宝蔵門と五重塔

写真6 宝蔵門と五重塔

 

 人気の理由は謎ですが、浅草寺は東京で一番古い寺院とされています。

 

 浅草寺の縁起には数種類あるのですが、『日本の神々』には以下の話が載っています。

 

 推古天皇36年(628)、檜前(熊)浜成・武成兄弟が浅草浦で漁をしていましたが、この日に限って一匹も掛からず、網に掛かったのは、人の形をした像だけでした。

 

 二人はその像が何であるか分からなかったので、海に捨てましたが、網を入れるたびにその像は引っ掛かってきます。

 

 二人は不思議に思い、それを持ち帰って土師真中知(土師直中知という説もある)に話したところ、その像は聖観世音菩薩像であることが分かり、真中知は、それは自分が帰依している功徳ある仏像だと教えました。

 

 さっそく、仏像を祀ってみると、翌日から大漁が続きました。

 

 そのため、真中知は仏門に入り、自宅を改めて寺としたといいます。

 

 その後、大化元年(645)、沙門勝海が本堂を建立し、それから300年近く経った天慶5年(942)には、既述した通り平公雅が堂塔を再建したと伝わっています。

 

浅草寺本堂と五重塔

写真7 浅草寺本堂と五重塔

 

浅草寺本堂

写真8 浅草寺本堂

 

 浅草寺創建メンバーの一人、土師真中知は謎の人物です。

 

 名前も土師「直」中知であるという説があります。

 

 古代の直(あたい)姓というわけです。

 

 その出自にも諸説あって、渡来人であったかどうかも含めて、謎とされています。

 

 ただ、土師氏は天穂日命(あめのほひのみこと)の子孫であるとはいわれています。

 

 仏像を掬い上げた檜前(ひのくま)兄弟ですが、檜前という名前は、古代の浅草にあった「檜前の牧」という国家の牧場の名前と一緒です。

 

 檜前氏も帰化人であったのではないかという説があります。

 

 さて、次は浅草神社に行ってみましょう。

 

【参考資料】

  • 現地説明板

 

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