◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

日輪寺

最終更新日:2016年12月21日

 

日輪寺概要

 

ふりがな にちりんじ
住所 東京都台東区西浅草3-15-6

交通 つくばエクスプレス浅草駅下車、徒歩すぐ
史跡指定
宗派 時宗
山号 神田山
本尊 阿弥陀如来
創建
開山・開基 開山:

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2011年12月7日(水)
天候 晴れ
探訪ルート 銀杏岡八幡神社 → 須賀神社 → 榊神社 → 鳥越神社 → 三島神社 → 黒船稲荷神社 → 駒形堂 → 浅草寺 → 浅草神社 → 日輪寺
同道者 なし

 

 

 浅草神社を出て、日輪寺に行く前に仲見世を逆戻りし、伝法院に行ってみようと思います。

 

 しかし、伝法院には入れなくなっている!

 

 まあ、これだけ観光客が多いとなると、入場を無制限にしていたら寺内が荒らされるので入れなくしているのかもしれません。

 

 なぜ、伝法院に行きたかったというと、古墳の石棺があると聞いていたからです。

 

 仕方がない。

 

 それにしても歴史マニアというものは妙なものに興味を持つわけで、古墳の石棺という物はようするにカンオケです。

 

 死体の入れ物に興味を持つというのは一体どういうことでしょうか。

 

 石棺があったということは、古墳があったということで、古代の浅草に古墳が!というだけでロマンであります。

 

 では予定通り、日輪寺に行ってみましょう。

 

 おっと、猫ちん!

 

猫ちん

写真1 猫ちん

 

 私にはまったく興味がないようですね。

 

猫ちん

写真2 猫ちん

 

 行ってしまいました。

 

 ということで、日輪寺。

 

日輪寺総門

写真3 日輪寺総門

 

 日輪寺の境内には普通に入れました。

 

日輪寺本堂

写真4 日輪寺本堂

 

 日輪寺にある説明板によると、日輪寺の創建は一説には9世紀といい、武蔵国豊島郡芝崎村(東京都千代田区大手町)に、天台宗の了円法師が開基したと伝えられています。

 

 芝崎村の日輪寺の近くには、将門塚(平将門の首塚)が築かれ、のちに将門の亡霊が村民を悩ますようになりました。

 

 そのため、嘉元年中(1303〜06)に、時宗二祖の他阿真教上人が将門の霊を供養して、霊魂を神田明神に祀ったところ、将門の霊も穏やかになり、村に平和が戻りました。

 

 そして、他阿真教上人は村人に請われて、日輪寺を時宗の念仏道場に改めたといいます。

 

 このような経緯から、江戸時代の神田明神例祭では、日輪寺の僧侶が読経してから神輿を出す例となっていました。

 

 なお、真教上人は、藤原道長の後胤といわれる人物で、一遍上人に師事してその法灯を受け継ぎ諸国を行脚していました。

 

 将門塚(平将門の首塚)に現在建てられている板碑は、文化2年(1805)に日輪寺の僧其阿(ごあ)が写していた、かつて存在した古い板碑の搨本(とうほん)をもとに造られたものですが、その古い板碑というのは、徳治2年(1307)に真教上人によって建てられたものです。

 

 日輪寺が現在地に遷った年代には二説あって、慶長8年(1603)説と、明暦3年(1657)の江戸の大火の後という説があります。

 

 明治2年から昭和40年まで、日輪寺の周辺の町名は芝崎町といわれましたが、その町名は日輪寺に由来しています。

 

 さて、将門ファンとしては、日輪寺は是非訪れてみたい寺であったわけで、来ることができてとても嬉しいです。

 

 そういうわけで、本日の探訪は以上、午前中でおしまいです。

 

 台東区内にはもう少し見たいところがあるのですが、それはまた後日ということで。

 

【参考資料】

  • 現地説明板

 

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浅草神社

日輪寺

【2012年2月28日】
馬場大門のケヤキ並木

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