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かつては「将門の首桶」を神宝としていた神社・築土神社

最終更新日:2016年12月21日

 

築土神社概要

 

ふりがな つくどじんじゃ
別名
住所 東京都千代田区九段北1-14-21

創建  
創建者 不詳
史跡・文化財指定
祭神
  • 天津彦火邇々杵尊(あまつひこほににぎのみこと)
相殿
  • 平将門公(たいらのまさかどこう)
  • 菅原道真公(すがわらのみちざねこう)
境内神社
  • 世継稲荷神社
公式サイト http://www.tsukudo.jp/

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2011年9月14日(水)
天候 晴れ
探訪ルート 築土神社 → 江戸城田安門 → 千代田区立千代田図書館
同道者 なし

 

前回、2011年9月5日の探訪はこちら

 

 今日は千代田区立千代田図書館に行こうと思っているのですが、地図を見ると築土神社が図書館の近くにあります。

 

 なので、図書館に行く前に築土神社に行ってみることにしました。

都会らしい佇まいの古社

 

 電車を乗り継いで、地下鉄の九段下駅で下車しました。

 

 九段下の交差点を北側に向かい、左手の「中坂」の登り口に来ると、「築土神社」の標柱が立っています。

 

写真1 標柱

 

 中坂の途中には築土神社の幟が並んでいます。

 

 坂の中腹くらいまで来ると、左手のビルの狭間に鳥居がありました。

 

 築土神社です。

 

写真2 鳥居

 

 鳥居をくぐって、ビルの谷間を進むと社殿がありました。

 

写真3 社殿

 

 『史蹟 将門塚の記』によると、平将門が天慶3年(940)に討死してしてから10年経った天暦4年(950)9月、将門塚が鳴動し、暗夜に光を放ち異形の武将が現れたことにより、荒魂を神として祀ったところ、それより祟りが鎮まり、それが築土神社の起源であるといいます。

 

 『史蹟 将門塚の記』では、「築土」はすなわち「塚」のことで、築土神社は初めは将門塚の直前にあったと推測しています。

 

 しかし、最初の写真の標柱に書かれた説明によると、築土神社は平将門の首を武蔵国豊島郡上平河村津久戸(現在の千代田区大手町周辺)の観音堂に祀って、津久戸明神としたのが始まりだといいます。

 

 文明10年(1478)には、太田道灌が江戸城内の乾(北西)に社殿を造営し、その後、天正7年(1579)に現在の田安門の場所に遷り、それから元和2年(1616)に牛込に遷り、現在地には昭和29年(1954)に遷座しました。

 

 『史蹟 将門塚の記』によると、築土神社には往時、衣冠束帯姿の将門の木造が御神体として安置され、将門の首級を京都から持ち帰った時に用いたとされる「将門の首桶」というものが神宝になっていました。

 

 しかし、将門の首桶は残念ながら先の戦災で焼失してしまいました。

 

 境内には区内最古の狛犬があります。

 

社殿側から狛犬を見る

写真4 社殿側から狛犬を見る

 

 安永9年(1780)の奉納です。

 

社殿側から見て左手の狛犬

写真5 社殿側から見て左手の狛犬

 

社殿側から見て右手の狛犬

写真6 社殿側から見て右手の狛犬

 

 また、境内には「力石」というものが置かれています。

 

力石

写真7 力石

 

 力石は、若者の力試しに使われたと記録されていますが、村の境界に置かれ、道を経由して侵入してくる邪霊(疫病)を防ぐ呪術的な意味もありました。

 

 ところで、もともとこの地は世継稲荷神社の境内で、現在も境内社として世継稲荷神社があります。

 

世継稲荷神社

写真8 世継稲荷神社

 

 世継稲荷神社は、倉稲魂神を祭神として、嘉吉元年(1441)頃、現在地である当時の田安村に創建されました。

 

 当時は地名を取って、田安稲荷と称されていました。

 

 天正18年(1590)の徳川家康入府の際、二男秀忠が田安稲荷に参詣し、境内に橙(ダイダイ)の木があるのを見て、「代々」と同音であったことから「代々世を継ぎ栄える宮」と称賛し、それにより「世継稲荷」と称されるようになったと伝わっています(以上、世継稲荷神社については『千代田区文化財調査報告書17 千代田の稲荷−区内稲荷調査報告書−』を参照)。

 

 東京の神社の面白いところは、こういう風にビルヂングの谷間に、厳然たる風格で鳥居と社殿があるところですね。

 

 以前も言いましたが、社殿の大きさとパワーは比例するものではありません。

 

 この生きにくい世の中で、神社として継続しているだけ大変なパワーの証しだと思います。

 

 さて、これで築土神社は探訪できましたが、ついでなので図書館に行く前に少し寄り道して江戸城の北の丸の田安門を見てみましょう。

 

 次回の記事はこちら

 

【参考資料】

  • 現地説明板
  • 『東京都神社名鑑 上巻』 東京都神社庁/編 1986年
  • 『史蹟 将門塚の記』 史蹟将門塚保存会/発行
  • 『千代田区文化財調査報告書17 千代田の稲荷−区内稲荷調査報告書−』 千代田区教育委員会/編

 

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【9月5日】
東京都中央区立京橋図書館

築土神社

江戸城田安門

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