◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

山形城

最終更新日:2017年10月7日

 

山形城概要

 

ふりがな やまがたじょう
別名 霞城・霞ヶ城
住所 山形県山形市霞城町

史跡指定
正式名称:山形城跡
指定日:昭和61年(1986)5月28日
追加指定日:昭和62年(1987)7月9日
現況 霞城公園
規模/比高
目で見られる遺構
復元
存続時期
城主・城代・関係者
城攻めの記録
大手方向
仮想敵方向  
関連施設
その他 日本100名城

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 1998年12月30日(水)
天候 曇り時々晴れ
探訪ルート 米沢城 → 上山城 → 山形城

 

 

 上山城を見て、再び奥羽本線に乗り込み、山形駅で下車しました。

 

 山形城跡は霞城公園という公園になっており、東口から出て北へ向かって10分ほどの距離のようです。

 

 商店街を歩いていると書店がありました。

 

 私は地方に来たときは必ず書店に寄るようにしています。

 

 鈴木和吉さんの自費出版と思われる『山形合戦』が売っていたのでもちろん購入。

 

 やったー、良い本を手に入れた。

 

 つづいて、公園のすぐ側に有る「最上義光歴史館」へ行ってみると、やっぱり休館。

 

 気を取り直して霞城公園内へ向かいます。

 

 立派な城門が見えてきました。

 

 二の丸東大手門です。

 

 

 

 説明板によると、この門は昔の資料をもとに、45ヶ月の日数と11億円もの費用を投じて、平成3年3月に完成しました。

 

 ちなみに現在天守閣はないのですが、それも復元する計画が有るらしいです(ただし、バブルの頃の計画だから、今はどうなんでしょうね)。

 

 堀底に電車が走ってる・・・

 

 

 正確には堀はまだありますので、堀に沿って地面を掘りこんで線路を通しています。

 

 では、二の丸へ入りますか。

 

 

 桝形。

 

 

 おー、この義光、カッコいー!

 

 

 

 手に持っているのは槍ではなく鉄の指揮棒だそうです。

 

 

 甥っ子の伊達政宗も血気盛んで武勇のある男でしたが、義光だって強い武将だったんですよ。

 

 

 でも、お父さんの義守は義光の妹義姫が男子だったら跡を継がせたかったと思っていたらしいですね。

 

 ※註:義姫は息子の政宗を毒殺しようとしたという話が伝わっていますが、私は信じていません。

 

 ※註:2016年5月12日に仙台へ行ったとき、政宗が母の菩提を弔うために開基した保春院に参拝してきましたよ。

 

 最上義光の祖は奥州管領斯波家兼の子兼頼です。

 

 

 

 @「日本古城絵図」所収「出羽国山形城図」(「国会図書館 デジタルライブラリー」)より加工して転載

 

 

 A「日本古城絵図」所収「羽州山形城之図」(「国会図書館 デジタルライブラリー」)より加工して転載

 

 

 B「諸国城郭絵図」所収「出羽国最上山形城絵図」(「国立公文書館 デジタルアーカイブ」より加工して転載

 

 

 さて、今日は山形で一泊しますよ。

 

 夕飯はどこに入っていいか分からなかったので、適当にプラプラしてると、「味工房・宝来」という店を発見。

 

 外のメニューをみるとオールラウンド揃っているみたいだし、店名の「味工房」という言葉にピンときたのも手伝って入ってみました。

 

 そしたらこの店、大当たり!

 

 山形牛の牛刺が安くて旨い!

 

 他にカモ鍋、ラーメンサラダ(麺の食感が良好!)、焼き豚+辛みそなど、ついつい食べ過ぎてしまいました。

 

 で、私は日本酒が好きなので、お店の人にお勧めを出してもらいました。

 

 吟醸のやや辛口の酒です。

 

 翌朝は昼まで山形に滞在し、駅ビル内で山形ラーメンを食べ、在来線に乗って横手駅を目指します。

 

 横手駅に着いた時はもう夜でした。

 

 

 つづいてディーゼルカーが走る北上線に乗り換えて北上駅を目指しますよ。

 

 入線してきた北上線は雪をドッサリと被ってかなり鬼気迫る雰囲気です。

 

 

 そして、吹雪の中、110系に乗って本日の目的地である北上駅を目指したのでした。

 

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上山城

山形城

【1999年3月27日】
国立歴史民俗博物館

 

【参考資料】

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