◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

米沢城

最終更新日:2017年9月22日

 

米沢城概要

 

ふりがな よねざわじょう
別名 松ヶ岬城・舞鶴城
住所 山形県米沢市丸の内1

史跡指定 山形県指定史跡
現況 松が岬公園・上杉神社ほか
規模/比高
目で見られる遺構
復元
存続時期 築城:暦仁元年(1238)か
城主・城代・関係者 築城者:大江(長井)時広
城攻めの記録
大手方向
仮想敵方向  
関連施設
その他

 

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第1回 探訪記録

 

探訪年月日 1998年12月30日(水)
天候 曇り時々晴れ
探訪ルート 米沢城 → 上山城 → 山形城

 

 

 96年と97年の年末は立て続けに会津の鶴ヶ城を訪れましたが、今年(98年)は、ちょっと気分を変えて山形へ行ってみようと思います。

 

 なにしろ私は伊達政宗よりも最上義光の方が興味がありますからね。

 

 最上氏の居城であった山形城は絶対に訪れるとして、あとは山形へ行く途中の米沢と上山に立ち寄ってみましょう。

 

 東京駅から山形新幹線「つばさ」に乗車します。

 

 実は先日、三鷹駅のみどりの窓口に切符を買いに行ったところ、結構日にちが押し迫っていたこともあり山形新幹線はグリーン車しか空いていませんでした。

 

 出費が嵩んでしまいますが、背に腹は代えられません。

 

 グリーン車で行きましょう。

 

 ということで、「つばさ」のグリーン車のシートは右が2列で左が1列でした。

 

 1列の独立シート、なかなか座り心地が良い。

 

 おー、コーヒーもサーヴィスで付くんですね。

 

 仙台までは普通の新幹線の線路を走りますが、仙台からは在来線の線路を走るんですね。

 

 しかし奥羽山脈のトンネルは長い。

 

 というわけで、米沢駅で下車しました。

 

 記念に「つばさ」をパシャリ。

 

 

 

 米沢駅からテクテクと30分ほど歩き、米沢城にやってきました。

 

 

 米沢城は豊臣政権下では上杉景勝の重臣である直江兼続の居城になっていました。

 

 ところが、慶長5年(1600)の関ケ原の戦いの後は、西軍について領地を没収された主君の景勝が米沢の領主となったのです。

 

 そんな経緯があり、米沢城の奥御殿跡には上杉謙信を祭神とする上杉神社があります。

 

 米沢には来たことがないであろう景勝の叔父謙信の銅像。

 

 

 それと、今となっては伊達氏は仙台のイメージがありますが、かなり長い間、米沢を本拠地にしていたことがあるんですよ。

 

 政宗も米沢城で生まれたと言われています。

 

 

 ※註:この時の探訪ではまったく城の遺構(堀など)を撮影していません。まだ城の見方がよくわかっていなかったのでしょう。

 

 米沢城がいつからあったのか確実なことは言えませんが、鎌倉幕府政所別当の大江広元の次男時広は、当地の地頭職に補任されたため、そのタイミング、すなわち暦仁元年(1238)に築城されたともいわれています。

 

 それからしばらく長井氏の置賜支配が続きましたが、南北朝時代の末期、康暦2年(1380)に伊達宗遠が置賜郡の攻略に成功します。

 

 そして、米沢城が伊達家の本拠地となったのは、天文17年(1548)の時で、当主は第15代の晴宗です。

 

 お腹が空いたので上杉城史苑で奮発して米沢牛ステーキを食べます。

 

 ※註:ちなみにこの次にブランド牛のステーキを食べたのは今年(2017年)新婚旅行で伊勢に行ったときに食べた松阪牛のステーキです。実に19年ぶりのブランド牛のステーキでした。

 

 米沢駅まで戻りますよ。

 

 相生橋から最上川を見ます。

 

 

 冬の最上川は寒々しい・・・

 

 雪の降る中、ふたたび30分ほど歩いて米沢駅に到着。 

 

 

 次は上山城を目指します。

 

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【1998年8月某日】
胆沢城

米沢城

上山城

 

【参考資料】

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