◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

御旗をはじめとして武田の軍旗が並ぶ様が圧巻の寺・雲峰寺

最終更新日:2015年5月16日

 

前回の記事はこちら

 

 恵林寺を出た後も、探訪コースは引き続き粟村さんにお任せです。

 

 次は雲峰寺(うんぽうじ)で凄い物が見れるということで期待できます。

 

 

探訪データ
探訪年月日 2014年10月12日(日)
天候 晴れ
同道者 粟村さん
探訪ルート 【10月11日】 岩殿城跡 → 要害城跡 → 新府城跡
【10月12日】 甲府城跡 → 躑躅ヶ崎館跡 → 恵林寺 → 雲峰寺 → 景徳院

 

裂石山雲峰寺で「御旗」に感動

 

 しばらく走った後、車は青梅街道(国道411号線)に入りましたが、ここは戦国時代の甲州街道(古甲州道)です。

 

 雲峰寺のある山の麓までくると、右折して県道に入り、坂を少し登ったところにある駐車場で車を降りました。

 

 石段を上がって行くと雲峰寺境内に到着。

 

 お寺の屋根は瓦葺や胴板葺が多いですが、雲峰寺の本堂は桧皮葺(ひわだぶき)です。

 

雲峰寺本堂

写真1 雲峰寺本堂

 

 私は桧皮葺が好きです。

 

雲峰寺額

写真2 雲峰寺額

 

 雲峰寺は裂石山(さけいしざん)と号し、臨済宗妙心寺派のお寺です。

 

 さきほど訪れた恵林寺も臨済宗妙心寺派でしたね。

 

 雲峰寺は行基開山伝説のあるお寺ですが、先日高尾山薬王院(こちらも行基開山伝説を持つ)のお坊さんと飲んだ時にその方も仰っていましたが、行基が東国に来たとは考えられず、関東各地にある行基の伝説は史実ではないということです。

 

 史実ではないとしても、それを標榜する裏には何らかの歴史が隠されているかも知れません。

 

 雲峰寺は、史実的に分かる範囲では、武田信虎(信玄の父)が再建したということです。

 

 さて、雲峰寺にも宝物館があります。

 

 ここの宝物館は、さきほどの恵林寺の宝物館と比べると規模的には全然敵いませんが、内容に関しては負けていません。

 

 大量にある「風林火山」の旗も圧巻ですし、同じく武田氏の軍旗である「諏訪梵字」の旗は信玄の自筆と伝わります。

 

 そして何よりもここの一番の目玉は「日の丸の御旗」です。

 

 よく、ドラマなんかでも信玄が軍議を開いたときに、信玄の後ろに鎧と日の丸の旗が安置されている光景が写ります。

 

 それらは俗に「御旗楯無(みはたたてなし)」と呼ばれ、そのうちの「御旗」がまさしく今ここで眼前にある日の丸の旗なのです。

 

 御旗楯無は甲斐源氏の祖である新羅三郎義光から代々受け継がれたと伝わるもの(あくまでもそう言われているもの)で、御旗と対になっている楯無と呼ばれる大鎧は、同じ塩山の菅田天神社にあり、国宝に指定されています。

 

 ちなみに後日譚になりますが、山梨探訪の翌月の11月22日に埼玉県寄居町の鉢形城歴史館に行ったときに、楯無のレプリカが展示してありました(企画展での展示だったので今はもう展示していないはずです)。

 

 それは福島県白河市の鹿嶋神社所蔵の鎧で、松平定信が寛政7年(1795)に明珍宗政・宗妙に模造製作を命じたものです。

 

 鉢形歴史館の石塚館長のお話によると、どうしても楯無の展示をしたくて全国を探してようやく見つかったということで、そういった優れたものは、全国の博物館から引っ張り凧になるので、なかなか借り受けて展示するのが大変だということでした。

 

 さて、宝物館には住職さんと思われる方がおられましたが、タイミングが悪いことにハイカーの方々がたくさん来られていて、その対応に追われていてとてもお話しを聴けるような状況ではありませんでした。

 

 そんなわけで、仁王門をくぐってお寺を後にします。

 

雲峰寺仁王門

写真3 雲峰寺仁王門

 

 石段を降りて駐車場へ向かうと、粟村さんが「猫がいますよ!」と教えてくれました。

 

猫ちん

写真4 猫ちん

 

 私はよく猫の写真を撮りますが、ほとんどの場合、シャッター音で感づかれて、私が近づいていくとすぐに逃げられてしまいます。

 

 ところが、たまに妙に馴れ馴れしい猫もいて、自分から近づいてくることがあります。

 

人に馴れている猫ちん

写真5 人に馴れている猫ちん

 

 この猫がそうですね。

 

 大抵は何か食べ物が欲しいと思って近づいてくると思いますが、この猫ちんは、そんな感じでもないです。

 

ゴロゴロ

写真6 ゴロゴロ

 

 私の前でゴロゴロしています。

 

ペロペロ

写真7 ペロペロ

 

 見ると、もう一匹いますが、彼(?)はかなり警戒心が強いらしく、逃げられました。

 

警戒している猫ちん

写真8 警戒している猫ちん

 

 良く見ると、さらにもう一匹いました。

 

マイペースな猫ちん

写真9 マイペースな猫ちん

 

 こちらは逃げるでもなく近づいてくるでもなく、至ってマイペースなようです。

 

 さて、さきほど雲峰寺に来るときに青梅街道から分かれて県道に入ってきましたが、実はこちらの県道の方が戦国期の古甲州道なのです。

 

 県道をこのまま進み山に分け入っていくと、やがて大菩薩峠と石丸峠に至り、そこから現在の小菅村と大月市の境界の尾根を進み、大マテイ山の北裾を回って東京都奥多摩町方面へと続くのが古甲州道です。

 

 一方、大マテイ山から尾根伝いに進むと松姫峠があり、松姫が八王子へ逃れた時に通った峠との伝承があります。

 

 山梨探訪の翌月の11月17日には、松姫バイパスが開通しました。

 

 時刻は15時。

 

 次は景徳院を目指します。

 

 

つづきの記事はこちら

 

【参考資料】

  • 各寺院の現地説明板
  • 各寺院のパンフレット
  • 『古道 古甲州道 古富士道』 府川公広/著・丸岡啓之/監修
  • 『武田氏年表』 武田氏研究会/編 2010年

 

管理人は山梨県内では以下の歴史スポットも訪れています。

 

岩殿城 (大月市) ・・・ 甲斐郡内地方最強の城郭

躑躅ヶ崎館 (甲府市) ・・・ 武田信虎・信玄・勝頼三代の居城

要害城 (甲府市) ・・・ 信玄が生まれた躑躅ヶ崎館の詰城

甲府城 (甲府市) ・・・ 近世甲斐国の統治拠点

新府城 (韮崎市) ・・・ 戦うことなく自落した武田氏城郭の最高峰

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