◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

為朝神社

最終更新日:2016年2月21日

 

 全員集合したことですし、早速白山城へ登ってみましょう。

 

 この辺りの山には熊が出るということなので、皆で大声で話しながら登ることにします。

 

為朝神社諸元

 

ふりがな ためともじんじゃ
別名  
住所 山梨県韮崎市神山町鍋山

創建 元暦元年(1184)
史跡・文化財指定 なし
祭神 鎮西八郎源為朝(ちんぜいはちろうみなもとのためとも)
境内神社 なし
公式サイト なし

 

スポンサードリンク


第1回 探訪記録

 

探訪年月日 2016年2月20日(土)
天候 曇り
同道者 生源寺さん・シロキチさん・A井さん
探訪ルート 願成寺および武田信義墓 → 武田八幡神社 → 為朝神社 → 白山城 → 能見城 → 御名方神社堀 → 西城 → 新府城

 

調査不足で来ると罠に掛かるよ

 

 中田先生の『戦国武田の城』や余湖さんのレポートでは、白山城へは南側の白山神社から登っているのですが、武田八幡神社にも白山城を指し示す掲示があります。

 

 最初はここで待ち合わせた後、白山神社に車で移動して登ろうと考えていたのですが、ここから登れるのであれば登っちゃいましょう。

 

 境内の掲示によると、白山城へはここから25分ということです。

 

 シロキチさんが事前にチョロッと調べたところでは、鹿除けのバリケード内に入っていくということでしたので、おそらくこの中に入ってけば良いと思われます。 

 

白山城登り口の罠

写真1 白山城登り口の罠

 

 扉を開けて中に入り、山を登って行きます。

 

登山開始

写真2 登山開始

 

 右手には巨大な畝状竪堀のような人工的な工事の跡が見えます。

 

畝状竪堀のような人工的な工事の跡

写真3 畝状竪堀のような人工的な工事の跡

 

 でもここは城域ではないので、林業か何かで構築した物でしょうね。

 

 なぜかA井さんは白骨遺体が地面に無いか気にかけているようですが、私はまだ経験がないものの、山城に数多く行っている人はそういった現場に遭遇することもあるそうです。

 

 沢を左手に見ながら15分ほど登っていくと、何と!行き止まりになってしまいました。

 

 城があると思われる南側はかなり急角度の斜面になっており、木を伝って行けば登れないことはないと思いますが、岩が露出してあるところもあり相当ハードと予想されます。

 

ほぼ断崖絶壁

写真4 ほぼ断崖絶壁

 

 生源寺さんが「為朝神社がなかったですね」と言いましたが、私もそれを不審に思っていました。

 

 というのも、白山城の方向には途中為朝神社があるようなのですが、ここに来るまでそれを見なかったからです。

 

 結論としては、どうやら我々はまったく違う場所に登ってきてしまったようです。

 

 事前調査をせずに来るとこういうことになるのは昔はよく経験しました。

 

 でも引き返せば済む話なので、もう一度武田八幡まで降りてきましょう。

 

 後で調べたところ、武田八幡神社にあった「史跡白山城跡(北狼煙台跡)」という説明板の地形図に惑わされてしまったようです。

 

 私も事前知識が無かったため、その地形図にはてっきり白山城が示されていると思い込んだのですが、説明板のタイトル通り、その図は「北狼煙台跡」を示した図だったのです。

 

 ですから我々は北狼煙台へ向けて歩いたことになるのですが、そちら方向には一切案内表示が無いので、行き詰ってしまったようです。

 

 写真4の崖を無理に登っていけば、北狼煙台へ行けるようですが、時間の制約もあるので結果的には引き返して正解でした。

 

 なお、白山城の付随施設としては他にも南狼煙台があるようです。

 

 麓に向かって歩いていると、社殿の屋根らしきものが見えました。

 

 きっとあれが為朝神社でしょう。

 

 行ってみるとその通りでした。

 

為朝神社社殿

写真5 為朝神社社殿

 

 こういう形の社殿も珍しいですね。

 

 説明板によると元暦元年(1184)に武田信義が鎮西八郎の画像と大長刀を納めて祀ったのが始まりで、文化13年に源氏直系の深沢文兵衛源直房らが再建したそうです。

 

 しかし何で、信義が為朝を祀ったんでしょうね。

 

 信義の曽祖父・義光と為朝の祖父義家は兄弟です。

 

 頼義 ―+― 八幡太郎義家 ――― 為義 ―+― 頼朝(鎌倉幕府創始)
     |                 |
     +― 賀茂次郎義綱         +― 為朝
     |
     +― 新羅三郎義光 ――― 義清 ――― 清光 ――― 信義

 

 ですから、私が「信義は親戚の伯父さんを祀ったんですね」と言ったら、その雑な説明をシロキチさんに笑われてしまいました。

 

 さて、それはそうと、問題は白山城への道です。

 

 ちょうど隣のお宅のおじちゃんが出てきたので、「白山城へはどうやって行けば良いんですか?」と問いかけると、「俺は行ったことが無いんだよね」と断りつつも行き方を教えてくれました。

 

 さらに、念のためシロキチさんがスマホで調べます。

 

白山城登山ルートを調査中

写真6 白山城登山ルートを調査中

 

 私はスマホを持っていないので、こういうときは役に立てないんですね。

 

 でもおそらくこの山が白山城でしょう。

 

白山城遠景

写真7 白山城遠景

 

 時刻は10時10分になり、だいぶロスしてしまいましたが、再度仕切り直して登って行きましょう。

 

【参考資料】

  • 現地説明板

 

<< 戻る

現在地

進む >>

武田八幡神社

為朝神社

白山城

 

スポンサードリンク



 

ご意見・ご感想は、稲用章

inayouアットマークa.email.ne.jp

までお願いします。

 




関連ページ

願成寺および武田信義墓
武田八幡神社
白山城
甲斐国内の信濃国境に近い釜無川右岸にある白山城はいつ築城されたのか分からない城です。
地理的には戦国期には武川衆のテリトリーであったことから対諏訪家の戦略上必要で武川衆が守った城と考えることもできますが果たして・・・
新府城
能見城
御名方神社堀
西城