◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

1.歴史揺籃期(〜1995年)

 幼少の頃からすでに行動が奇矯で関わった多くの人たちに迷惑を掛けてきました。本当に済みませんでした。

 

ザ・小学生

 

 ⇒ 好きな女の子の机の中に毛虫を仕込んだ話

 

 小学生のときはほとんど本を読まなかったが作文を書くのは大好きで、とくに遠足の感想のようなテーマだと何十枚も書いてしまう子供だった。作文好きが高じて現在は文章を書いて報酬が得られるようになっているので、好きこそものの上手なれということだと思う。

 

 小学5年のときに同じクラスになった細山田の影響でパソコンをはじめる。当時はまだ「パソコン」という言葉はなく、「マイコン」と呼ばれており、世の中的には「第一次マイコンブーム」の頃にあたる。まだ自宅にパソコンはなかったので、電気屋さんの店頭のパソコンで「マイコンBASICマガジン」を見ながらプログラムを打ちこんでいた。

 

 ⇒ パソコンショップでの思い出 その1

 

 ⇒ パソコンショップでの思い出 その2

 

 ⇒ パソコンショップでの思い出 その3

 

 小学6年生の時の担任だった木村先生が歴史好きでよく話をしてくれたことと、その後にゲーム「信長の野望」をプレイしたことにより歴史好きになる。また、パソコンを使って作曲を始める。これ以降、パソコン・歴史・音楽が私の人生の三本柱となる。

 

中学生日記

 

 中学の時にこれまた細山田から吉川英治の『三国志』全8巻を借り、三国志にドはまり。元々読書は嫌いだったので、これが生まれて初めて読んだ歴史小説となる。

 

 ちなみに、作曲と言うと高尚な感じがするが、当時作っていた曲をだいぶ後になって3曲繋げてみたのがこれで、当時の中学生の作るコンピューターミュージックはこんな感じだった。

 

【音楽】「Remember PSG」(14歳)

 

 それからしばらくゲームと小説で歴史に親しむ。

 

歴史ゲーム&作曲オタクの高校生

 

 高校1年の夏にPC-8801FAを購入し、作曲ユニット「HUVO」を結成。念願の「SUPER SOUND BOARDU」を使い音楽制作を始める。

 

 高校2年生の時に、HUVOの2ndアルバム「Asian Old Noblemen」をカセットテープで発表。

 

【音楽】HUVO 2nd Album「Asian Old Noblemen」収録「SHAMANISM」(17歳)

 

【音楽】HUVO 2nd Album「Asian Old Noblemen」収録「LASER CANOE」(17歳)

 

 通学時には歴史小説を読む。

 

 高校2年生の最後の方にパソコンをPC-9801UV2に強化して最小限のMIDIシステムを導入し、HUVOの3rdアルバム「カルシウマンの丘」の制作を開始。3年生の時に完成しカセットテープで発表。高校の同級生が20人くらい買ってくれたが、今思うと20人も買ってくれるなんて大変なことである。みんな、どうもありがとう。

 

【音楽】HUVO 3rd Album「カルシウマンの丘」収録「Human Zoo」(18歳)

 

【音楽】HUVO 3rd Album「カルシウマンの丘」収録「尾張の火星人」(18歳)

 

 元々三国志好きなため、中国の辺境地域やシルクロードにも興味が波及し、音楽活動でも「アルタイ」や「バイカル」、そして「月のタリム」といった曲を妄想全開で作る。

 

【音楽】HUVO 3rd Album「カルシウマンの丘」収録「月のタリム」(18歳)

 

 この「異域」というのも中華から見た異民族の地をイメージしている。

 

【音楽】HUVO 3rd Album「カルシウマンの丘」収録「異域にて」(18歳)

 

18歳で社会人デビュー

 

 高校を卒業後、地元の保証乳業株式会社に事務員として就職、音楽活動を引き続き行う。

 

【音楽】HUVO 「無敵の笛」(18歳)

 

 一方、事務の仕事は簡単だったのですぐに飽きてしまい、辞めようとしたら私がパソコンが得意ということを知っていた上司が電算室に異動させてくれたが、そこも退屈で、結局翌年早々退職し、すぐにソフト会社に転職しプログラマーとなり、給与が一気に2倍になる。

 

通産省のシステムを作っていたプログラマー時代 年月日不詳(19歳)

 

 もらった給料はほとんど音楽活動につぎ込み、それは結婚して娘が生まれるまで続くことになる。

 

スタヂオ・ヒューヴォ 1993年3月7日(20歳)

 

 ちなみに高校を卒業後、就職一年目にバブルが崩壊。しかしその後もまだバブルの余韻は残っており、あの時代の空気感を社会人として経験していることは、年上の人と話すときに役だっている。

 

 高校時代はクラスで最も欠席の多い生徒だったが、卒業後は一転して文化祭に毎年出席。「卒業してから皆勤賞」とのたまっていたが、毎年変な恰好をして行っていたので、浴衣を着てタオルを首からぶらさげて行った年には入校を拒否られてしまった。

 

宇宙戦艦ヤマトの乗組員として高校の文化祭に出席 1993年11月3日(21歳)

 

スタヂオ・ヒューヴォにて弾けないギターを構える 1993年12月25日(21歳)

 

 HUVOの4thアルバム「検非違使の涙」は、渤海国出身の少年が日本にやってきて平安京で宇宙人を退治すための穴を掘っている検非違使と出会い、自分の生き方が定まるといったストーリーを背景に持ったアルバム。

 

【音楽】HUVO 4th Album 「検非違使の涙」収録「布衣童心 〜異国の船団〜」(21歳)

 

 平安京で検非違使が、というくだりはもちろん、日本初のコンピューターゲームとされる「平安京エイリアン」へのリスペクトだ。

 

【音楽】HUVO 4th Album 「検非違使の涙」収録「上弦の月・右舷の灯」(21歳)

 

【音楽】HUVO 4th Album 「検非違使の涙」収録「この大陸を行け!」(21歳)

 

地味なライヴ活動

 

 転職後積極的にバンド活動をはじめ、いくつかのバンドに在籍したが、とくに思い出深いのは21歳から23歳までやっていたYMOのカヴァーバンド「YMOSD」。

 

 下の動画は、1994年3月12日(深夜0時スタートだったので正確には13日)のライヴの様子。

 

【動画】YMOSD Live at 下北沢CLUB251 1994年3月12日(21歳)

 

 本物のYMOバリにミスタッチの連続で、しかも曲の構成まで間違っているが、今では恥ずかしいのを通り越して良い思い出になっている。

 

YMOSD Live at 下北沢CLUB251 1994年9月22日(22歳)

 

YMOSD Live at 下北沢CLUB251 1994年9月22日(22歳)

 

 ただし、基本的には自宅スタヂオでの創作活動がメインで、ライヴはその後も半年に1度程度しかやっていない。

 

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2.城郭揺籃期
(1996年1月〜2000年4月)

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