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成瀬村

最終更新日:2015年9月30日

 

 現在の町田市成瀬・成瀬台・南成瀬を含む一帯が、江戸末期の成瀬村の範囲です。

 

新編武蔵風土記稿に見る成瀬村

 

 出典は基本的に『新編武蔵風土記稿』からですが、カッコ書きで「図」は、昭和42年に慶友社が発行した『武蔵名勝図会』(植田孟縉/著・片山迪夫/校訂)からの参照、「M39」は明治39年測図の地形図からの参照を示し、その他は典拠を明記しています。

 

 ⇒国立国会図書館デジタルコレクション内『新編武蔵風土記稿 巻之九十 多磨郡之二』へリンク

 

分類 名称 概要 現在の名残
小名 東光寺 村の南 南成瀬7丁目に東光寺公園
西久保 村の西南  
上合 村の西  
会下山 村の西 恩田川に会下山橋が架かる
南成瀬4丁目に会下山公園
三叉 村の西北 成瀬三ツ又交差点
三ツ又バス停
成瀬台1丁目に三ツ又公園
吹上 村の東 吹上公園
吹上バス停
山根 村の東  
奈良谷 村の東北 奈良谷戸公園
横浜市側に奈良の地名が残る(都筑群奈良村)
水利 用水   現在の恩田川
神社 杉山社 除地。200坪。村の鎮守。  
天神社 除地。3段許。慈眼寺持。  
諏訪社 除地。80坪。小社。東雲寺持  
寺院 東雲寺 寺領6石3斗の御朱印。曹洞宗。都筑郡小机村雲松院末。龍谷山成就院。開祖僧・龍谷は天文5年(1536)5月27日寂。本尊は華厳の釈迦木の坐像(1尺許)。本尊は華厳釈迦如来木坐像(1尺許) 成瀬4-14-1にて法灯を伝える
慈眼寺 境内1段5畝。古儀真言宗。都筑郡恩田村徳恩寺末。本尊は地蔵木の立像。 成瀬駅北口のセブンイレブン南成瀬店(南成瀬5丁目)付近にあったが明治初期に廃寺
観性寺 除地。8段。曹洞宗。東雲寺末。三枝山。開山の松山は万治3年9月9日寂。本尊は如意輪観音木の坐像(長1尺)。行基作。 成瀬2741-9にて法灯を伝える
薬師堂 除地。500坪。木の薬師坐像(長9寸)。弘法大師作。堂を護る五大院は図師村大蔵院の配下。 成瀬センター向かいのセブンイレブンの横にあったが現存しない
旧家 百姓七兵衛 文書6通所蔵
褒善 百姓庄蔵 祖母に孝養を尽くす  

 

成瀬村の明治以降の沿革

 

  • 明治11年(1878)7月22日に制定された郡区町村編制法により神奈川県所属となる
  • 明治21年(1888)4月25日に公布され翌年4月1日の施行され市制町村制により、鶴間村・金森村・小川村・高ヶ坂村とともに神奈川県南多摩郡南村を設立
  • 明治26年(1893)4月1日の三多摩の東京府移管により、東京府南多摩郡南村となる
  • 昭和18年(1943)7月1日の東京都制施行により、東京都南多摩郡南村となる
  • 昭和29年(1954)4月1日に町田町と対等合併し廃止、町田町となる
  • 昭和33年(1958)4月1日に鶴川村・忠生村・堺村とともに町田市を新設
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