◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

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新編武蔵風土記稿 巻之百二上 多摩郡之十四上記事一覧

最終更新日:2015年10月26日 子安村は広大で、北は現在の明神町4丁目の子安神社から南は子安台の上に位置する国道16号線の子安町交差点までの地域で、横山庄に属し郷名は不明、『新編武蔵風土記稿』編さんの時点では、水田と陸田は等分で、民家は66軒ありました。 「今昔マップ on the web」内、明治39年の子安村付近を表示新編武蔵風土記稿に見る子安村 出典は基本的に『新編武蔵風土記稿』からです...

最終更新日:2016年2月6日 山田村は元々は散田村の一部である小名山田で、正保以降元禄以前に独立して一つの村となりました。 村内には南北朝時代末期の康応元年(1389)に創建された古刹廣園寺があり、『新編武蔵風土記稿』が編纂された江戸末期の時点では、村内はすべて廣園寺の寺領となっています。新編武蔵風土記稿に見る山田村 出典は基本的に『新編武蔵風土記稿』からですが、カッコ書きで「図」は、昭和42年...