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子安村

最終更新日:2015年10月26日

 

 子安村は広大で、北は現在の明神町4丁目の子安神社から南は子安台の上に位置する国道16号線の子安町交差点までの地域で、横山庄に属し郷名は不明、『新編武蔵風土記稿』編さんの時点では、水田と陸田は等分で、民家は66軒ありました。

 

 

「今昔マップ on the web」内、明治39年の子安村付近を表示

 

新編武蔵風土記稿に見る子安村

 

 出典は基本的に『新編武蔵風土記稿』からですが、カッコ書きで「図」は、昭和42年に慶友社が発行した『武蔵名勝図会』(植田孟縉/著・片山迪夫/校訂)からの参照、「M39」は明治39年測図の地形図からの参照を示し、その他は典拠を明記しています。

 

 

「国立国会図書館デジタルコレクション」内、
『新編武蔵風土記稿 巻之百二上 多摩郡之十四上 由井領 子安村』を表示

 

分類 名称 概要 現在の名残
小名 本村    
藤井    
十日市場    
宿子安   八王子税務署の辺り
山川 浅川    
山田川    
清水   子安明神の社地より出る  
  村の南の井出山から出る 現・子安町3‐17に井出山公園
橋梁 土橋 浅川にかかる甲州街道の橋  
神社 子安明神社 村の鎮守。天平宝字3年創始。観音仏の銘に天文22年造立とある 別当福傳寺 安榮山明王院と号す。新義真言宗。宇津木村龍光寺の末福傳寺
天王社 除地。小名本村にあり。福傳寺の持  
山王社 除地。小名本村の北にあり。福傳寺の持  
第六天社 小名本村にあり。福傳寺の持  
石神社 字石神にあり。福傳寺の持  
不動堂 除地。村の東にあり。福傳寺の持  
神明社 除地。小名井出山にあり。観音寺の持  
寺院 清水寺 大木山と号す。新義真言宗。宇津木村龍光寺末。開山開基不明 廃寺?
興林寺 小名宿子安にあり。仏法山徳善院。滝山極樂寺の末  
宝もく寺塚 字ほうもくしにあり。昔この名前の寺があったという  
鉦打塚    
古碑三基 小名本村にあり。   
旧蹟 屋舗跡 小名本村の東よりにあり、岡上二郎兵衛の屋舗跡  

 

子安村の明治以降の沿革

 

  • 明治11年(1878)7月22日に制定された郡区町村編制法により神奈川県所属となる
  • 明治15年(1882)7月、八王子元子安町に改称(八王子18町の誕生)
  • 明治21年(1888)4月25日に公布され翌年4月1日に施行された市制町村制により、八王子18町に元本郷町を加え、神奈川県南多摩郡八王子町を設立
  • 明治26年(1893)4月1日の三多摩の東京府移管により、東京府南多摩郡八王子町となる(明治39年時点で寺町の長心寺あたりに郡役所があり、元横山町の極楽寺の東に町役場があった)
  • 大正6年(1917)9月1日、八王子町が市制施行、八王子市子安町となる
  • 昭和18年(1943)7月1日の東京都制施行により、東京都八王子市となる
  • 平成27年(2015)4月1日、八王子市は都内初の中核市となる
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山田村
東京を始めとして埼玉・群馬・神奈川を含む西関東地方および岩手・青森の原始・古代・中世・近世の歴史を紹介。
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