◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

片倉村

最終更新日:2015年9月30日

 

 現在の八王子市片倉町一帯が江戸末期の片倉村で、往古は横山庄に属し、郷名は不明、『新編武蔵風土記稿』編さんの時点では、民家が160軒あり、所々に散住していました。

 

 片倉には遺構の残存も良好な片倉城跡があり、その東側を南北に走る国道16号線は、戦国期には後北条氏の本拠地である小田原城へ向かう主要道で、永禄4年(1561)に越後の上杉謙信が小田原城に侵攻した際は、この道を通過しているはずです。ところが、文献に片倉城は現れず、片倉城の歴史は実は謎に包まれているのです。

 

 また、小名只沼背後の山にある南八王子地区No.54・57遺跡からは、中世城館の遺構が見つかっており、兵衛川を挟んで北側の片倉城と対峙している点が興味深いですが、こちらも文献資料には現れません。

 

新編武蔵風土記稿に見る片倉村

 

 出典は基本的に『新編武蔵風土記稿』からですが、カッコ書きで「図」は、昭和42年に慶友社が発行した『武蔵名勝図会』(植田孟縉/著・片山迪夫/校訂)からの参照、「M39」は明治39年測図の地形図からの参照を示し、その他は典拠を明記しています。

 

 

「国立国会図書館デジタルコレクション」内、
『新編武蔵風土記稿 巻之百三 多摩郡之十五 柚木領 片倉村』を表示

 

分類 名称 概要 現在の名残
小名 川窪   川久保公園
日向 片倉城の南側  
只沼 みなみの大橋の北(「M39」に記載)  
時田   時田バス停、時田公園、時田大橋
釜貫   釜貫バス停釜貫バス停かまぬき公園(片倉こやと公園)かまぬき公園
車石   車石公園車石公園
   
山川 杉山峠   現在の御殿峠
鑓水峠   現在の大塚山公園の西側道路辺り。「M39」に道あり。鎌倉古街道。近代は絹の道
宇津貫川   現在の兵衛川
湯殿川 別名時田川
橋梁 板橋(時田)    
板橋(川窪)    
清水   釜貫を水源とし宇津貫川へ 釜貫の清水
  時田を水源とし湯殿川へ  
神社 住吉社 別当來光寺は大和田八幡神社の別当でもありましたが明治11年に竜光寺に合併されて廃寺(『Web八王子事典』) 來光寺公園來光寺公園
白山社   白山社
第六天社  
寺院 慈眼寺(じげんじ) 白華山。曹洞宗。永林寺末。天正15年以前。鐘楼門の鐘は安永3年銘。白山妙理権現社  
斟珠庵(しんしゅうあん) 臨済宗。広園寺末。永禄12年以前 現常龍山斟珠寺
高福寺 曹洞宗。永林寺末。松林山。開山開基不詳。明治5年に慈眼寺に合併して廃寺(『Web八王子事典』)  
古蹟 片倉城蹟    
墳墓 古碑 5基。日向にあり。応永・永徳等の年号。また五輪塔あり  

 

片倉村の明治以降の沿革

 

  • 明治11年(1878)7月22日に制定された郡区町村編制法により神奈川県所属となる
  • 明治21年(1888)4月25日に公布され翌年4月1日に施行された市制町村制により、打越村・西長沼村・北野村・宇津貫村・小比企村とともに神奈川県南多摩郡由井村を設立
  • 明治26年(1893)4月1日の三多摩の東京府移管により、東京府南多摩郡由井村となる(明治39年時点で由井村役場は旧片倉村内の現片倉駅の南付近にあった)
  • 昭和18年(1943)7月1日の東京都制施行により、東京都南多摩郡由井村となる
  • 昭和30年(1955)4月1日、横山村・元八王子村・恩方村・川口村・加住村とともに八王子市に編入
  • 平成27年(2015)4月1日、八王子市は都内初の中核市となる
スポンサードリンク



 

ご意見・ご感想は、稲用章

inayouアットマークa.email.ne.jp

までお願いします。

 




関連ページ

小比企村
東京を始めとして埼玉・群馬・神奈川を含む西関東地方および岩手・青森の原始・古代・中世・近世の歴史を紹介。
〜城・館・古墳・古道・官衙・国分寺・神社・寺院・民俗・エミシ・糠部南部氏・戦国北条氏〜