◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

第4回 「エミシ」という発音に悪意はあるか

 「第3回 北東北の古代史」では近年の考古学の成果から分かった北東北の歴史を紹介しましたが、7世紀以前の「エミシ」について記されている唯一の書物である『日本書紀』には、いったいどのようなことが書かれているでしょうか。今度は文献からエミシを追ってみます。

 

 『日本書紀』の神武天皇の巻では、神武が日向(宮崎県)を出陣し、遠征の果てに大和(奈良県)に入るときに地元の勢力と戦っており、八十梟帥(やそたける)も神武軍と戦い討たれました。ところがその残党が活動を続けたので、神武軍はその残党を酒宴に招き、酔ったところを騙し討ちにしてしまったのです。そしてそのとき神武軍は、「エミシを、一人で百人にあたる強い兵だと人は言うけれど、抵抗もせず負けてしまった」と歌いました(この歌を来目歌<くめうた>という)。これが「エミシ」の初見史料となりますが、ここではエミシは、「愛濔詩」という字を当てられています。

 

 『日本書紀』は養老4年(720)に撰上されましたが、『日本書紀の謎を解く』によると、『日本書紀』のなかの神武紀は、大宝2年(702年)の大宝令頒下以降の述作であるといいます。ちょうどその時期は、日本武尊(やまとたけるのみこと)などの伝説の時代を除いて、朝廷が歴史上初めて国家権力を動員してエミシの土地に攻め込んだ時期に当たります。エミシを討つことが国政の大きなテーマになっていた時期なので、上記の来目歌はそのような世相を反映して創作された可能性が高く、国文学者の瀬間正之氏は来目歌は天武朝の所産と考えており、それが正しいとすると7世紀後半に作られた際に、敵対していたエミシのことを愛濔詩と美しい文字で表したことになりなにやら違和感を覚えます。「エミシ」という発音には本当に差別的な意味が含まれていたのでしょうか。それを考察してみます。

 

 既述した通り、エミシというのは極めて政治色の強い用語でありますが、「エミシ」という言葉自体は、天武朝以前からありました。

 

 『エミシ・エゾからアイヌへ』によると、『日本書紀』がリリースされた直後、貴族や役人向けに日本書紀の講読が行われ、そのときの記録では蝦夷のことを「エビス」と発音しています。また、養老5年(721)の戸籍には孔王部衣比須(あなほべのえびす)という人物が記され、平安時代になっても「エビス」と発音する人名が現れ、『日本書紀』リリース以降、実は蝦夷を「エミシ」と発音することはなく、すでに古語になっていたことが分かります。ただし、奈良時代(710年以降)にも「毛人」や「蝦夷」と表記する名前がたくさんあり、それらは「エミシ」と発音することから、8世紀の時点で「エミシ」という発音自体はすでに古いものになっていたものの、人名にはまだ使われていたという状況でした。なお、人名で「毛人」と表記する場合と「蝦夷」と表記する場合がありますが、『日本書紀』には「毛人」という表記は一つも出てこず、すべて「蝦夷」で統一されています。

 

コラム:適正な都道府県の数はいくつか?

 

 毛人の初見は、478年に倭王武(雄略天皇であるとするのが定説になっています)が、中国の宋の皇帝に奉った上表文に、「東は毛人を征すること五十五国、西に衆夷を服すること六十六国、渡りて海北を平らぐこと九十五国」とあり、5世紀後半の時点で東に住んでいる人たちを毛人と表記していたことが分かります。ちなみに海北の九十五国は朝鮮半島の国々で、日本は4世紀の頃には朝鮮半島で高句麗と戦っています。

 

 上述の東の毛人と西の衆夷を合わせると何国になるでしょうか。121国ですね。この数はとても重要なのです。雄略天皇より前の大王が、列島内にある121国を併呑させたということなのですが、有名な女王卑弥呼と邪馬台国の記述がある魏志倭人伝にも、「旧百余国」とあります。日本列島には弥生時代後半の時点で100を余る国があったということなのですが、仮に邪馬台国の場所を奈良県とすると、東北南部から九州まで100を余る国があったことになります。そして、『先代旧事本紀』の「国造本紀」には、全国に135の国造が書かれています。さらにもう一つ、中国の正史『隋書』「倭国伝」にも600年に来倭した中国の使者が、倭国には軍尼(クニ)が百二十人あると報告しています。これをまとめると、

 

  • 2世紀よりも前 ・・・ 百余
  • 5世紀の雄略天皇より前 ・・・ 121
  • 6世紀後半の国造の数 ・・・ 135
  • 600年前後 ・・・ 120

 

 となり、日本列島は、弥生時代後半から大化改新までは常に120くらいの領域に分かれていたということになり、それが列島内の自然な区画であることが分かります。これが大化改新以降で令制国となり六十余国に統合されて、明治維新を経て現在では最後に日本に組み込まれた北海道と沖縄県を合わせて47都道府県となっていますので、元々の120くらいの自然な区割りからすると現在の各都道府県民が違和感を覚えるのも不思議なことではないと思います。実は明治政府は政治的な理由でわざとくっつきの悪い同士を同じ県にしているのです。

 

 以上をまとめると、ヤマトにはすでに5世紀の段階で「毛人」と書いて「エミシ」と発音する言葉があり、「エミシ」という発音には当初から差別的な意味は含まれておらず、むしろ「強い人」という良い意味が含まれていたと考えてよく、720年の日本書紀のリリース時点では、東に住む未開な人たちを「蝦夷」と表記し、「エビス」と発音していたことになります。政治的理由で、東に住んでいた人たちを「東夷」として設定したため、彼らは「エビス」と呼ばれたわけですが、『日本書紀』リリース以降も「エビス」という発音が人名に使われていることから、「エビス」という発音にも差別的な意味は含まれておらず、「エビス」という発音と「蝦夷」という文字が結合した際に初めて完全なる政治用語かつ差別用語となると考えていいでしょう。

 

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【参考資料】

  • 『日本書紀(下) 全現代語訳』 宇治谷孟/著 1988年 
  • 『日本書紀の謎を解く 著述者は誰か』 森博達/著 1999年 
  • 『エミシ・エゾからアイヌへ』 小島恭子/著 2009年

 

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