◆日本史大戦略◆ 西関東・北東北の史跡を踏査し歴史を考察!

第3回 将門と貞盛との決定的な決裂

 宿敵源護(みなもとのまもる)に訴えられ上京した将門は、検非違使庁で道理にかなった陳述に務めた。

 

 将門のことなので、おそらく自信たっぷりに堂々と振舞ったに違いない。

 

 その甲斐あってか処罰は重くなく、そればかりか、この一件で将門の武勇は畿内一円に知れ渡り、将門は面目を一新した。

 

 そしてそうこうしているうちに恩赦の発表があり、将門は自由の身になり、承平7年(937)5月11日をもって都を後にした。

 

 将門が赦免されて故郷の下総に帰ってくると、待ち構えていたのは伯父であり義父であり、そして敵でもある良兼だった。

 

桓武天皇―――葛原親王―+―高棟王
            |
            +―高見王―+
                  |
+―――――――――――――――――+

+―高望王―+―国香―――貞盛―――維衡―――正度―――正衡―+
      |          (伊勢平氏)        |
      +―良兼―+―公雅                |
      |    |         +―――――――――+
      |    +―公連      |
      |    |         +―正盛―――忠盛―――清盛
      |    +―女
      |      |
      +―良将―――将門
      |(良持)

      |
      +―良正
      |
      +―良文
       (関東<坂東>八平氏の祖)

 

 8月6日、良兼は高望王と将門の父良持の霊像を陣頭に掲げて攻めてきた。

 

 将門は用意不十分のため惨敗を喫し、良兼は将門の領地である下総国豊田郡来栖院常羽御厩(茨城県八千代町尾崎の官営の厩<うまや>)とその周辺の百姓の家々を放火して帰った。

 

 将門に経済的打撃を与える作戦だ。

 

 つづいて将門と良兼はまた戦うが、将門は「脚の病」を発症し意識が朦朧としてしまい、またもや良兼に負けてしまった。

 

 将門は逃れるときに妻子を猿島郡葦津江に隠した。

 

 良兼は上総に向けて帰ったが、将門の陣内から良兼に通じる者が出て、将門妻を誘拐し彼女の父である良兼のところに連れて行った。

 

 ところが、将門妻は将門への思いが募って仕方がない。

 

 いっそのこと、死んでしまおうかと思うほどだ。

 

 すると、それを見た将門妻の弟たちが一計を案じ、将門妻を将門のもとに逃げ帰らせた。

 

 将門も妻も大喜びだ。

 

 今も昔も心が通じあっている夫婦の愛の深さに変わりはない。

 

 それにしても、将門妻の心境は複雑だっただろう。

 

 父親と夫が干戈を交えているわけだから。

 

 その後、将門は常陸方面でまた良兼と戦うが勝てない。

 

 しかし、将門も単に自分の武力だけによってでなく、「公的な権力」を使って良兼らを滅ぼす計略に出ていた。

 

 11月5日、良兼・源護・貞盛・公雅(良兼の子)・公連(同)・秦清文らを追捕する官符(命令)が、武蔵・安房・上総・常陸・下野等に下されたのだ。

 

 これによって、上記の国々の兵士が良兼陣営の諸将を討つために出動するはずだ。

 

 将門はほくそ笑んだ。

 

 ところが、上記の国々は良兼陣営の武力を恐れて、兵を出そうとしない。

 

 将門の目論みは上手く行かなかったのだ。

 

 一方、良兼は将門の駆使(領内の支配下にある公民で使用人)である丈部子春丸(はせつかべのこはるまる)を使って、将門の本拠地である石井(茨城県坂東市岩井)の営所(軍事・営農拠点)を探らせて情報を手に入れ、夜討ちを仕掛けてきた。

 

 それに対して、将門勢の兵(つわもの。戦いの中心になる人)は10人もいなかったが、将門は冷静に対処し、良兼軍は上兵の多治良利(たぢのよしとし)を失うなど、40余名の戦死者を出して退いて行った。

 

 さて、貞盛はあいかわらず良兼に加担して将門と戦っていたが、その貞盛の心にも変化が生じ、貞盛は将門との泥沼の戦いが無益に感じられ、以前将門に手紙を送って志を述べたとおり、都に上って官吏として出世する方がよいと思い、承平8年(938)2月中旬、東山道を京へ向かった。

 

 しかしそれを察知した将門は激怒する。

 

 貞盛は都に上って俺の悪口を言いふらすつもりだろうと。

 

 将門は兵を率いて貞盛を追いかけ、なんと関東地方を出た信濃国(長野県)まで出向き、小県郡(上田市周辺)の国分寺のあたりで貞盛を捕捉した。

 

 元々兵を率いていない貞盛は多勢に無勢、まともに戦えるわけがない。

 

 貞盛は辛くも将門の刃を逃れ、なんとか都まで逃げおおせた。

 

 そして、もちろん太政官に将門の不法を訴えた。

 

 将門は、歯がみして悔しがった。

 

 さて、果たして将門はまたもや国家の犯罪人にされてしまうのだろうか。

 

 次回、将門は窮地を脱するためにある行動に出る。

 

 しかしその行動は結果的に裏目に出てしまい、時代は刻一刻と「平将門の乱」へと近づいて行くのだった。

 

 参考書籍:
 ・『新編 日本古典文学全集 将門記 陸奥話記 保元物語 平治物語』 柳瀬喜代志・矢代和夫・松林靖明・信太周・犬井善壽校注・訳
 ・『戦争の日本史4 平将門の乱』 川尻秋生著

 

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