総社古墳群探訪① 総社古墳群まで3時間15分の乗り鉄

 この記事は、2015年5月4日から2泊3日で探訪した群馬県前橋市の歴史めぐりの様子を当時のブログにアップしたものをこちらのサイトに再アップするものです。

 文章はほとんど当時のものと一緒で、古い内容が含まれていますのでご了承ください。

 補足が必要な場合は、それと分かるように追記します。

 


群馬県前橋市の総社古墳群探訪【2015年5月4日(月)】

イントロダクション → 総社二子山古墳 → 総社愛宕山古墳 → 光巌寺 → 宝塔山古墳 → 蛇穴山古墳 → 総社城跡 → 遠見山古墳 → 山王廃寺跡 → 上野国分尼寺跡 → 上野国分寺跡 → 妙見寺および妙見社 → 上野国府跡 → 蒼海城跡 → 宮鍋神社 → 大友神社 → 総社神社 → 石倉城跡 → 王山古墳 → 前橋城跡 → 前橋八幡


 

前橋へ向けて出発


 今回は2泊3日の予定で、群馬県内をめぐります。

 予定しているルートとしては、初日に総社古墳群や国府・国分寺を見て「律令群馬」のコア部分を学習し、2日目からはいよいよ路歩き、国府の南門想定地から出発してまっすぐ南下し、初期の東山道にぶつかったら東進、伊勢崎方面まで歩き、最終日は伊勢崎市から太田市方面へ歩き新田の郡家などを見る予定です。

 さて、早起きは慣れっこになっているので、5時に起床して、高尾駅5時55分発の中央線に乗り込みます。

 高尾駅の2番線には老朽化した115系に代わって導入が始まった211系が停まっていました。

写真1 高尾駅ホーム


 でも、211系ももう古い感じがしますね。

 今日は211系には乗らずに、左の快速に乗ります。

 八王子駅では八高線に乗り換え。

写真2 八高線


 私は朝に電車に乗ると必ず眠りますが、眠っていたらアナウンスで「人身事故」という言葉が聞こえてきて、ビクッとして起きました。

 電車はいま、東飯能駅の手前ですが、八高線ではなく西武線の事故でした。

 こういうと不謹慎ですが、八高線じゃなくて良かったです。

 拝島駅からは、ゴルフが好きそうな社長っぽい感じの体格の良いおじさんと色白で華奢な中学生くらいの男子の親子が乗ってきました。

 しかし、父はスポーツ新聞を読み息子はゲームに夢中。

 結局高麗川駅まで一言も会話をしませんでした。

 なんか、こういう他所よそしい親子ですが、外に出ると様相が変わる親子もありますから、本当の親子仲は分かりません。

 高麗川では6時58分のキハ110系に乗り換えです。

 たまにしか乗れないディーゼルカー。

 運よくクロスシートに座ることができたので、早速コンビニで買っておいた朝ご飯を食べます。

 車内で食べるご飯はまた格別ですよね。

 サンドイッチを頬張りながら車内を見渡すと、「JR八高線 写真展示列車 2015」と称して、壁の天井近くに鉄道写真がたくさん貼ってあるのに気付きました。

写真3 JR八高線 写真展示列車 2015


 どうやら高校生が撮った写真のようですが、どれも上手く撮れていて、鉄道カレンダーに載せられそうなプロ並みの情緒ある写真も多いです。

 最近では車内に貼る広告も少なくなってきたので、殺風景な車内にしているよりか、こういうふうに使うのもよいアイデアですね。

 そういえば、昨日テレヴィで見ましたが、最近は若い女の子にも鉄道好きが広まっているようですね。

 少し前は、小さい子供さんがいる若いママたちの間でも、子供といっしょに電車を見に行っているうちに電車が好きになる人がいるというのをやっていましたが、私の娘もチビチビのころからよく私の部屋で鉄道の写真集を見ていたり、小学生の時は鉄道マニアの同級生の話なんかをよく家でしていました。

 ちょうど今は会津に行っていますが、今でも鉄道は好きみたいで、行きは新幹線を使い、帰りは在来線で栃木に南下し、その後は東武の特急で帰ってくると言っていました。

 お、あっという間に小川町駅。

 まだ7時25分です。

 高尾駅からはまだ1時間半しか経っていません。

 隣のホームには東武線がとまっています。

 東武線に乗り換えれば、一つ隣は菅谷館跡や杉山城跡がある嵐山駅です。

 この辺までは昨年の秋からちょくちょく来ているので、あまり遠い感じがしません。

 7時40分、折原駅着。

 山頂に大砲を据え付けて、鉢形城を砲撃したと伝わる車山が進行方向左手に見えます。

 昨年秋に鉢形城跡を探訪したのは、このサイトでもご紹介していますが、鉢形城跡に行くにはここで降りてテクテクと歩いていくのがお勧めです。

 ただし、折原駅にはトイレがないので、降りる前に車内で済ませましょう。

 折原駅を出発すると、鉢形城跡を通過!

 氏邦さんこんにちは!

 荒川を渡ってぐるっと回り込むようにして寄居の街に進入し、7時46分寄居駅到着。

 おや、向こう側にはクリーム色の昔の東武線を思わせる電車が止まっているぞ!

 秩父鉄道だな。

 さあ、ここから先に行くのは今日でまだ2度目です。

 最初に来た時から2年経っています。

 車窓の風景は今までとは違って視界が開け、かなり広い平野が広がります。

 この平原を氏邦たちは馬で駆けていたはずだし、もっと前は武蔵七党が活躍していたわけです。

 少し陽が差してきました。

 8時0分、児玉駅に到着。

 武蔵七党の児玉党の故地です。

「タマ」の地名のルーツについて

 児玉という地名に関しては、椚國男さんは、「東山道武蔵路以前の多摩」(『多摩のあゆみ 第八十八号』所収)で、「古い多摩」の意味だとしています。

 椚さんによると、武蔵国には3つの「たま」があり、「多磨」と「埼玉(さきたま)」と「児玉」で、「たま」は水田地を意味する「田間」のことだといいます。

 つまり、北に古い多磨、東に先の多磨、南西にそのものの多磨があり、それらの真ん中の原野に入間があり、入間には後に朝鮮人が多く入植してくることになります(奈良時代の高麗郡と新座郡の建郡)。

 そう考えると、令制国を設置するときに、名称は武蔵国ではなく「多磨国」にしても良かったかもしれませんね。

 私の場合は、武蔵国内の加美郡(「上」を意味する)のすぐ南に那珂郡があり、那珂郡の位置が「中」にしては極度に北に偏っているので、令制国の武蔵国ができる前は武蔵は南北に分かれていて、その時代の地名の名残が那珂郡ではないかと思っていましたが、椚さんの説を聴くと、古い多磨、つまり古田間が、令制国の前に政治的な塊になっていて、その中での「上」や「中」として考えてもよいと思いました。

 

上野国に進入


 8時5分に次の丹荘駅に到着しました。

 児玉と同じく武蔵七党の丹党の故地です。

 昔、秋田県鹿角市の中世土豪を調べたことがあり、鹿角四頭の一つ円子氏は丹党出身だったので、当時丹党について少し調べたことがあります。

 このあたりまでくると、上野国はすぐ近く。

 8時8分、神流川を渡って上野国に入りました。

 しかし景色はほとんど変わりません。

 武蔵北部と上野南部は地勢的にはシームレスですね。

 8時11分、群馬藤岡駅に到着。

 この辺は住宅も多いし、久しぶりに市街地に入った感じです。

 イトーヨーカドーもあります。

 そうかと思っていると今度はまた田園地帯になりました。

 そして、再度住宅街となり、8時15分に北藤岡駅に到着。

 烏川を渡河します。

 烏川は橋の西側で二股に分かれています。

 右が本流で左が鏑川ですね。

 いや、正確には二股に分かれているのではなく、本流と鏑川が合流してるというのが正解です。

 8時20分に倉賀野駅に到着。

 ここからは電化区間となります。

 倉賀野からは高崎線に乗り換えることもできますが、先日上野東京ラインが開通したので、高崎からは一気に小田原まで行ってしまえるようになりました。

 後北条氏の最北の拠点から本城・小田原まで一本なんですよ!

 工場が立ち並ぶ工業団地を抜けるとそろそろ終点の高崎駅です。

 左手にノッポな高崎市役所のビルが見えます。

 8時25分、高崎駅到着。

 110系、今日もありがとう!

写真4 キハ110系


 反対側ホームには普段見ない電車が。

写真5 211系


 と思ったら、これは211系でした。

 色が違うので気付かなかった・・・

 高崎では上越線に乗り換えです。

 上越線に乗るのは初めてです。

 ホームで待っていると、107系が入線してきました。

写真6 107系


 あれ、でもこの電車は何か変な感じが・・・

 入ってくる電車を眺めていて違和感を感じます。

 隣の電車と一緒に。

写真7 107系と湘南色


 電車に乗り込み座ると、私の好きな「ふわふわシート」です。

 最近の電車の椅子は皆硬いですが、昔はこういう柔らかい椅子でした。

 8時46分に電車は出発。

 走り出して車窓を眺めると、先ほど感じた違和感の訳が分かりました。

 窓が異様に汚れているのです!

 うわー、拭きたい。

 そう思っていると、井野駅の近くに私が勤める会社の他のお店の車が止まっていました。

 どこのお店の車だろうか?

 8時57分に新前橋駅に到着。

 やたらに高いビルが見えますが、群馬県庁、つまり現代の上野国庁ですね。

 新前橋駅から工業地帯を北上し、ようやく本日の最初の目的地である群馬総社駅に着きました。

 ちなみに、ドアは手動です。

 時刻は9時1分なので、家を出てから大体3時間15分くらいですね。

 さすがにこれくらい電車に乗っていると、ちょっと遠くまできた感があります。

 ホーム間の跨線橋を渡っていると、北側から電車が進入してくるのに気付きました。

写真8 遠くから電車がやってくる


 もちろん、来るのを待って激写。

写真9 上から見る電車


 こうやって上から電車を見ると、子供のころに夢中になったNゲージを思い出します。

 群馬総社駅は東側に改札があります。

写真10 群馬総社駅駅舎


 駅前はこんな感じ。

写真11 群馬総社駅駅前


 それでは、最初の目的地である総社二子山古墳を目指しましょう。

 (つづく)

 


群馬県前橋市の総社古墳群探訪【2015年5月4日(月)】

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投稿者: 案内人

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