総社古墳群探訪⑤ 切石積みの素晴らしい石室が堪能できる大型方墳・宝塔山古墳

 この記事は、2015年5月4日から2泊3日で探訪した群馬県前橋市の歴史めぐりの様子を当時のブログにアップしたものをこちらのサイトに再アップするものです。

 文章はほとんど当時のものと一緒で、古い内容が含まれていますのでご了承ください。

 補足が必要な場合は、それと分かるように追記します。

 


群馬県前橋市の総社古墳群探訪【2015年5月4日(月)】

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長大で見事な切石積みの石室と仏教の影響が見られる石棺を備えた宝塔山古墳

 
 光巌寺を出て、宝塔山古墳の登り口を探します。

 南側に石段がありますね。
 
 墳頂は秋元氏の墓地となっていました。

写真1 秋元氏墓地


 真中の墓に眠るのが秋元長朝です。

 秋元長朝について

 江月院巨嶽元誉、俗名秋元長朝は、天文15年(1546)に武蔵国深谷で生まれ、父は景朝(元景)、母は関東管領上杉憲政の養女です。
 
 長朝は父とともに深谷上杉憲盛に属しましたが、小田原攻めの際に浅野長政らに従い、家康の関東入部のあと井伊直政の斡旋で家康に仕え、上野国碓氷郡中野谷500石を賜りました。
 
 このように上手く時代の変わり目を生き抜くことができた朝長に訪れた大きな転機は、慶長5年(1600)の関ヶ原の合戦です。
 
 合戦の前、長朝は下総栗橋の関を守り、上杉景勝に備えていたのですが、合戦が終わった後、会津の景勝に遣いを送り景勝の帰服を促したのです。
 
 そのようなこともあり、ついに慶長6年、総社で大名となりました。
 
 そして前述した通り、天狗岩用水を掘削するなどして善政を敷き、寛永5年(1628)8月29日に没し、享年は83歳でした。
 
 以上、『戦国武将合戦事典』(峰岸純夫・片桐昭彦/編)より。


 さて、次は石室を見てみたいので、今度は北側の石段を降ります。
 
 すぐ近くに次に行こうとしている蛇穴山古墳が見えます。

写真2 宝塔山古墳から蛇穴山古墳を見る


 あ、北側が正規の入口だったようですね。

写真3 国指定史跡・宝塔山古墳

 
 説明板もあります。

写真4 説明板


 『群馬県史 資料編3 原始古代3』には2段築成とありますが、該書が出たのは1981年ですので、その後の調査で3段築成ということが分かったのですね。
 
 ところで、石室は南側に開口しているとのことですが、さっきは気付きませんでした!
 
 なのでもう一度南側へ行ってみます。
 
 おっと、ありました!

写真5 横穴式石室入口


 普通に入れるようになっているのが嬉しいですね。
 
 それでは中に入りましょう。
 
 石室の中は、羨道・前室・玄室の3室構造で、全長は12.4mもあります。
 
 羨道から奥を見ると、玄室に横たわっている石棺が見えます。

写真6 羨道から玄室を見る


 石室は基本的に南側に向かって開口しているので、今日みたいに晴れた日は、太陽の明りで中が良く見える場合もあります。
 
 いやー、それにしても立派な石積みですね。

写真7 羨道右側面


 1400年も前に、まるで近世城郭の石垣みたいにきれいに石を積んでいます。
 
 凄い技術だ。

写真8 前室左側面


 これは近世城郭が好きな人も見れば気に入るかもしれません。
 
 壁面は往時は漆喰を塗っており、顔料の痕跡はありませんが、壁画があったかもしれないとのことです。
 
 玄室には石棺が横たわっています。

写真9 家形石棺


 この家形石棺は、下手すると江戸時代くらいのものに見えますが、これは1400年も前に造られたものなのです!

 石棺の底の部分は平たんではなく、格狭間(こうざま)と呼ばれる仏教様式を取り入れたものとなっており、非常に珍しい。
 
 思えば、古墳めぐりを始めて数年経ちますが、こうやって石室の中を見学したのは初めてです。
 
 東京都府中市の上円下方墳である武蔵府中熊野神社古墳の復元石室は見学したことがありますが、本物は初めてなのです。
 
 古墳マニアは皆、石室が大好きなようですが、これで私もまた一段階、古墳マニアの階梯を上がりました。
 
 しばし、石室内を堪能した後、外に出ます。
 
 おや、箒とチリトリ。

写真10 箒とチリトリ


 常に古墳を綺麗にしようとしている地元の方の気持ちが嬉しいですね。
 
 それでは先ほどチラッと見えた、蛇穴山古墳に行ってみましょう。

 


群馬県前橋市の総社古墳群探訪【2015年5月4日(月)】

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参考資料

  • 現地説明板
  • 『群馬県史 資料編3 原始古代3』 群馬県史編さん委員会/編 1981年
  • 『群馬県史 通史編1 原始古代1』 群馬県史編さん委員会/編 1990年
  • 『戦国武将合戦事典』 峰岸純夫・片桐昭彦/編 2005年

投稿者: 案内人

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