埴輪ファンであればぜひ訪れて欲しい行田市郷土博物館

基本情報

所在地

埼玉県行田市本丸17-23

公式サイト:https://www.city.gyoda.lg.jp/kyoiku/iinkai/sisetu/hakubutukan.html

探訪レポート


行田歴史探訪【2015年3月14日(土)】

忍諏訪神社・東照宮 → 行田市郷土博物館 → 忍城跡 → 高源寺 → 妙音寺 → 大日塚古墳 → 丸墓山古墳 → 稲荷山古墳 → 将軍山古墳 → 将軍山古墳展示館 → 二子山古墳 → 愛宕山古墳 → 瓦塚古墳 → さきたま史跡の博物館 → 奥の山古墳 → 鉄砲山古墳 → 前玉神社および浅間塚古墳


 この探訪記事は、2015年3月14日の歴史めぐりのレポートで、当時のブログに掲載したものをこちらで復刻します。

 文章はほとんど当時のままですので、情報が古い場合がありますがご了承ください。

 その後の追記や補足は、それと分かるように記します。
 

重要文化財の埴輪が屹立する様に感慨無量

 見事な三階櫓が建っていますね。

写真1 御三階櫓


 もちろん復元ですし、しかも場所も往時とは違うので、人によっては酷評するのですが、私は別にそれほど目くじらを立てたりしません。
 
 博物館のシンボルにもなっているし、見た目的に綺麗なので良いんじゃないでしょうか。
 
 立派な門もありますよ。

写真2 門

 
 お庭には松の木が植えられたりして、お花も咲いていますね。

写真3 庭
写真4 庭
写真5 庭
写真6 庭
写真7 庭


 忍城址の案内図を見つけました。

 現在の公園の範囲は博物館とその周辺のみですね。

写真8 忍城址案内図


 博物館は9時オープンですが、もう9時20分なので開いています。
 
 中に入ってみましょう。

写真9 行田市郷土博物館

 
 おっと残念!

 館内は写真撮影禁止でした。

 そのため館内の様子をお見せできませんが、思ったより立派な展示です。
 
 展示は主に4つにジャンル分けされていて、
 
 ・中世の行田
 ・近世の行田
 ・足袋と行田
 ・古代の行田
 
 となっています。
 
 私は石田三成が忍城を攻めた時は、上野方面から進軍したのかな?と漠然と思っていたのですが、展示によると相模方面から北上して、武蔵に入ると滝山城の東(古河越道)を北上し、河越城の西、松山城の東を通り忍城に進軍していました。

 そうすると本陣を構える場所として、このあと訪れる予定の丸墓山古墳がちょうど良い場所なわけですね。
 
 また、中世の武蔵では板碑の造立が盛行し、行田市内にも400基ほど残っており、展示されている建治元年(1275)の板碑は複製ですが、その巨大さに驚きました。
 
 近世になると忍藩が置かれ、代々の藩主の主たる人を列挙すると、松平忠吉、松平信綱、阿部忠秋、そして先ほど訪れた忍諏訪神社でも名前が出てきた松平忠堯も藩主を務めています。
 
 そして江戸末期には、行田では足袋の製造が最大の産業になっていたそうです。
 
 さて、個人的にはやっぱり古代の展示が気になりますね。
 
 ここは特に埴輪が素晴らしい!
 
 重要文化財の立派な埴輪が9体も並んでいる様は圧巻です。
 
 これは他の大きな博物館でも滅多に見られるものではないですよ。
 
 展示の前からしばらく動けなくなりました。
 
 縄文土器なども展示されており、こういうものはずっと見ていても飽きないです。
 
 あまりにも楽しいので気が付くともう10時20分、1時間も展示を見ていました!
 
 ヤバい、時間が無い。

行田市郷土博物館に展示してある埴輪について(2020年4月13日補足)

 行田市には2020年3月10日付けで国の特別史跡に指定された埼玉古墳群という有名な古墳群がありますが、酒巻古墳群もマニアの中では高い評価を得ています。

 行田市酒巻に所在する酒巻古墳群では、23基の古墳が発見されており、そのなかの14号墳は優れた埴輪が出土したことで著名です。

 14号墳は、6世紀末に築造された直径12mの小さな円墳ですが、円筒埴輪が78点、朝顔形円筒埴輪が2点、形象埴輪が14点、それに器財埴輪の破片などが出ています。

 それらの一部は行田市郷土博物館に展示してあるのですが、このうちの形象埴輪が素晴らしくて、それを見るためだけでも郷土博物館に赴く価値があります。

 特筆すべき埴輪は、旗を差すための蛇口状鉄器が表現された馬形埴輪で、以前から見つかっていた蛇口状鉄器に関して、当初は用途が不明だったのが、この埴輪の発見によって用途が分かったという学史的にも記念すべき埴輪です。

 それ以外の馬形埴輪も素晴らしいですが、注意して見ていただきたいのは、その馬を曳く人物の埴輪の顔です。

 いわゆる、馬曳き埴輪ですが、通常の人物埴輪は鼻筋がスッと通った顔立ちに表現されることが多いのに、馬曳きの場合は団子鼻だったり、異様に醜い顔だったり、奇怪な表現の物が多いのです。

 同じ人間なのに、なぜこうも顔つきが違うのか、ということを考えると興味深いです。

 それと、筒袖(袖が長くて手が隠れてしまう)を着た人物埴輪も特筆すべきで、おそらく高句麗系の渡来人を表現しているのではないかと思います。

 以上、文字で説明するのは厳しいので、本物を実際に見ていただければと思います。

 
 展示室の外に出ると廊下には最近の戦国ブームを反映してか、「「のぼうの城」名所案内」という掲示があり、戦国期の忍城の形跡(遺構はほとんどないので石碑など)を地図や写真とともに紹介しています。
 
 今度来た時はこの地図に書かれている場所を一つひとつ探訪してみたいです。
 
 なお、近世の物になってしまうのですが、「忍城今昔地図」というのが館内で売っていますので、これはぜひ購入してみてください。
 
 おそらく、戦国期の忍城を探る上で参考になるのではないかと思います。
 
 最後に、御三階櫓の中も展示コーナーになっているということですので、廊下を伝って行ってみます。
 
 うーん、でもこちらの展示はそれほど力を入れている感じがしません。
 
 せっかくこのような立派な「ハコモノ」があるのですから、もっと上手い活用方法があると思いますので、常設展示は素晴らしかったのでこちらも今後に期待したいです。
 
 外に出ると、「忍城 おもてなし物産店」という出店がありました。

写真10 忍城 おもてなし物産店

 
 これはなかなか霊験がありそうなお守りですね。

写真11 落ちない御守

 
 忍城は事実として、敵の攻撃によっては落城していませんので、受験生の方はお一ついかがでしょうか。
 
 ちょうど娘は受験に受かったところだったので買いませんが、娘にはパッケージに甲斐姫の絵が描かれているおせんべいをお土産に買っていきます。
 
 食べ物が一番喜んでくれるでしょう。
 
 それでは、忍城跡をもう少し散策してから埼玉古墳群へ向かいます。

  


行田歴史探訪【2015年3月14日(土)】

忍諏訪神社・東照宮 → 行田市郷土博物館 → 忍城跡 → 高源寺 → 妙音寺 → 大日塚古墳 → 丸墓山古墳 → 稲荷山古墳 → 将軍山古墳 → 将軍山古墳展示館 → 二子山古墳 → 愛宕山古墳 → 瓦塚古墳 → さきたま史跡の博物館 → 奥の山古墳 → 鉄砲山古墳 → 前玉神社および浅間塚古墳


 

参考資料

  • 『行田市郷土博物館 見学のしおり』 行田市郷土博物館
  • 『第27回企画展 北武蔵の埴輪 酒巻古墳群を中心として』 行田市郷土博物館/編 2013年

投稿者: 案内人

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