1.基本情報

所在地

東京都八王子市大谷町725

諸元

墳丘

形状:円墳(八王子市の最新の見解、他に方墳説もある)
段築:2段?
径:39m
周溝:1重(北側で検出)
主体部数:1基
埴輪:なし
葺石:なし
築造時期:7世紀前半

主体部

凝灰岩質砂岩による切石積み横穴式石室
全長10.05m
玄室・後室・前室の3室構造および羨道
玄室は胴張り構造で奥行き3m以上×最大幅3.16m×高さ1.9m

出土遺物

2.探訪レポート


仕事帰りに八王子の古代遺跡探訪 【2020年1月16日(木)】

北大谷古墳 → 宇津木向原遺跡 → 狐塚古墳 → 鵯山古墳


いつでも行けるから、と思いつつ何年経ったのだろう

 自宅の近くにあるスポットって、「近くにあるからいつでも行ける」と思ってなかなか行かないってことはないですか?

 私の場合は、八王子駅北口から歩いて行ける距離にある北大谷古墳がまさしくそれだったのです。

 一昔前、体調が悪い状態から抜け出そうと思い、体力づくりの為に近場の遺跡めぐりを始めたのですが、その頃から行こうと思っていて結局行けてなかったわけです。

 ところが今日はたまたま、八王子駅の近くで朝7時から1時間半の現場をやってお終いです。

 チャンスですね、行きましょう。

 8時半に現場が終わり、歩く前にまずは腹ごしらえです。

 松屋で最近お気に入りの「創業ビーフカレー」(普通盛り)を食べ、8時45分に出発!

 ひよどり山トンネルへ向けて歩きます。

 いつもは車で渡っている浅川大橋ですが、歩いて渡るのは初めてかもしれません。

写真1 浅川大橋を歩いて渡る


 前方に見える低い丘陵は加住南丘陵で、あの丘の上に北大谷古墳は築造されています。

 また、ここから東方向(画面右側)に向けては横穴墓群が展開していて、私が知っている限りでは今見られる横穴墓は1基だけですが、時期的に考えると北大谷古墳の被葬者に関係ある特別な人びとの墓ではなかったかと思います。

 西側を見ると、お馴染みの多摩の山々が。

写真2 中央は大岳山


 真中は大岳山ですよ。

 ひよどり山トンネルの手前から階段で丘に登り、そのまま道路を歩いて大善寺を目指します。

 大善寺を過ぎたあたりからさらに左手の丘陵の上へ登る道を探し、舗装されていない道を登っていくと前方が開けました。

 草地になっています。

写真3 加住南丘陵の南側斜面


 今日は掃除の仕事の後なのでトレッキングシューズじゃないんですよね。

 八王子は昨日の午後まで雨が降っていて、地面はそれほどグチャグチャではないですが、霜柱も見えて少しぬかるんでいます。

 そういえば、今日の朝7時の時点で八王子駅前の温度計は2℃と表示されていました。

 お、あれは東京都の説明板じゃないかな?

写真4 説明板と墳丘らしきものが見えてきた


 しかも左手のあのこんもりとしたのは墳丘でしょう。

 はい、到着!

写真5 古墳に到着


 説明板を読んでみましょう。

写真6 説明板


 平成28年ですから、最近設置されたんですね。

 というわけで、近いからいつでも来れると思っていてなかなか来なかった北大谷古墳に来ることができました。

 でも、事前に知り得た情報とはちょっと雰囲気が違いますよ。

 墳丘自体は草が綺麗に刈ってあって見やすいのですが、墳丘の周りは柵で囲ってあって中に入れないようになっています。

 しかも、柵の設置も新しそうですよ。

 仕方がないので外側から見ますか。

写真7 北大谷古墳墳丘


 でも、とりあえず中に入れないところはないか探します。

写真8 北大谷古墳墳丘


 ダメですね。

 やっぱり中には入れません。

写真9 北大谷古墳墳丘


 さきほど見た説明板が新しいものなので、北大谷古墳の概要はあれでよいかなと思います。

 説明板では直径39mの円墳となっていますが、かつては方墳説もありました(もしかすると、今でも方墳説の方もいるかもしれません)。

 築造時期は7世紀で終末期古墳ということになりますが、もっと時期を絞ると7世紀前半になり、谷地川は多摩川の支流ですので、7世紀前半における多摩川流域の有力者の墓ということになります。

 私は勝手に古代八王子の「王」の墓と呼んでいます。

 では、多摩川流域全体を治めていたかというと微妙で、多摩川流域はとても面白い場所なのですが、終末期には同じくらいの力を持った有力者が下流域から上流域まで、だいだい5人くらいはいたような感触を持っています。

 北大谷古墳の被葬者はそのなかの一人ということになります。

 それと、横穴式石室の全長が10mということですが、これは決して小さくはありませんよ。

 切石積みで造られているので、イメージ的には府中市にある熊野神社古墳の復元石室を見学していただくといいかもしれません。

 南側の山々。

写真11 南側の眺望


 八王子駅南口のサザンスカイタワーはどこからでも見ることができるので、ある意味とても便利な建物です。

 北大谷古墳は加住南丘陵の上にありますが、どちらかというと南側斜面にあるため、こうして八王子市街地の方向も見えます。

 ここに眠る古代八王子の「王」は、眼下に広がる市街地をどのような感慨を持って眺めているのでしょうか。

 さきほど、浅川大橋から見えた大岳山はもはここからも見えます。

写真12 大岳山


 やはり、王者の墓は良い立地にありますね。

 しかしそうはいっても、少し寂しい雰囲気のする場所ではあります。

 でも、古墳の近くは草地や畑になっていて、開発の波が押し寄せてきていないのは幸いですね。

 東側の北八王子の工業団地。

写真13 北八王子の工業団地


 東京精密やアムウェイの看板が見えます。

 それでは、ここで元来た道を戻って帰宅しても面白くないので、せっかくですからもう少し歩いてみましょう。


仕事帰りに八王子の古代遺跡探訪 【2020年1月16日(木)】

北大谷古墳 → 宇津木向原遺跡 → 狐塚古墳 → 鵯山古墳


3.北大谷古墳の石室について

 北大谷古墳の石室の全長は約10mありますが、多摩川流域の古墳の中ではもっとも長大です。『武蔵府中熊野神社古墳 調査概報』に掲載されている下図をご覧ください。

『武蔵府中熊野神社古墳 調査概報』(府中市教育委員会・府中市遺跡調査会/編)より転載

 これらの中で現在見ることができるのは、武蔵府中熊野神社古墳の横穴式石室ですが、見られるといっても実物大で造ったレプリカになります。ただし、レプリカといっても、石室内に入って切石積みの技術の高さや石室の大きさは実感することができますので、ぜひ熊野神社古墳の展示館へ行って見てください。

 北大谷の石室は床面積でいえば熊野神社古墳よりもやや大きくなります。ただし、昭和8年の後藤守一の調査によると、北大谷の玄室の高さは1.9mということなので、高さは熊野神社の方があります。もう少し細かく見てみましょう。

 こちらは、『多摩の古墳』(八王子市郷土資料館/編)に掲載されている図に私が勝手に書き込んだものです。

『多摩の古墳』(八王子市郷土資料館/編)を加筆転載

 石室内の各部屋の呼び方は、私は赤字で書いた通りで呼びます。ただし、呼び名は研究者によって変わりますのでご了承ください。図の下から見ると、閉塞部というのがありますが、これが石室の入口です。熊野神社には入口の外側に「ハ」の字に開いた前庭部がありますが、北大谷にはそれがあったかどうかは分かりません。調査時にはすでに分からなくなっていたからです。

 つづいて、羨道(廊下部分)に入り、門柱石で区画された前室と後室を通り玄室に入ります。玄室は棺あるいは遺体を安置する場所です。玄室の平面形はいわゆる「胴張式」ですが、このデザインの意味することろははっきりしたことは言えません。隣に描かれている小宮古墳も胴張式で、その隣の船田古墳もこの図だと分かりづらいですが、胴張といわれています。

 玄室の奥壁にはとくに大きな石を使うことが多いのですが、北大谷の場合も幅1.4m×高さ2.1m以上の一枚岩を使っています。

 北大谷の図で横壁を見ると下から2~3段目くらいから上は破線で描かれていたり、石自体が描かれていません。平成5年の調査の際には、すでに分からなくなっていたのですが、古墳を築造したあとに積み直した形跡があるそうです。

 石室の石を積み直すとなると、墳丘の土をいったん取り除く必要があると思いますが、ともかくそういうことで、現在は天井石もはっきりしません。

 石室を構築する際、掘込地業といって地盤の改良を行い、版築工法によって基礎をしっかり作っています。東国でも終末期の首長墓にはこの手法を使う古墳が出てくるのですが、この手法はそもそも寺院建築の手法で、広瀬和雄先生によると、石室の重量からすると、わざわざ手の込んだ寺院建築の手法を使う必要はなく、7世紀前半というと西日本では寺院がすでに多く建てられていますから、仏教の要素を古墳に導入したいというある種の拘りがあったのではないかと想像しています。

 なお、多摩川流域で古代寺院を探すと、遺構は見つかっていませんが、出土した文字瓦からの推定で、府中国府の近くに多摩郡衙があり、それに付随した「多磨寺」という寺院があったと考えられています。その時期は早くて7世紀後半でしょう。

4.参考資料

  • 現地説明板
  • 『多摩地区所在古墳 確認調査報告書』 多摩地区所在古墳確認調査団 1995年
  • 『武蔵府中熊野神社古墳 調査概報』 府中市教育委員会・府中市遺跡調査会/編 2005年
  • 『あすか時代の古墳』 府中市郷土の森博物館/編 2006年
  • 『武蔵と相模野古墳』所収「武蔵府中熊野神社古墳・北大谷古墳」 塚原二郎/著 2007年
  • 『多摩の古墳』 八王子市郷土資料館/編 2009年
  • 『新八王子市史 資料編1 原始・古代』 八王子市史編集委員会/編 2013

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